重力圏外のプロポーズ、軌道修正は不可能です~宇宙飛行士は恋に不器用~


 船内の照明が夜間モードに切り替わり、淡いブルーの光が無重力空間を包んでいた。
 昊はひとり、観測窓の前に浮かんでいた。

 窓の外には漆黒の宇宙と、青く輝く地球が望む。
 その美しさに、何度見ても息を呑む。

 けれど今夜は、何故か心がざわついていた。

 手元の端末を操作し、ボイスレコーダーの再生ボタンを押す。
 結月の声が、静かに響いた。

『……今日の空は、少し霞んでいました。でも、この空の向こうにあなたがいると思うと、なんだか特別に感じました』

 昊は目を閉じた。
 結月の声が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。

 結月の声を聞く度に、心が穏やかになる。
(……何故なんだろう?)

 任務中も、ふとした瞬間に彼女の顔が浮かぶ。
 味噌汁の香りを思い出し、笑い声が耳に残る。
 集中しなければならない場面でさえ、彼女のことを考えてしまう。

「……まずいな」

 昊は小さく呟いた。
 自分らしくないと眉をひそめる。
 けれど、その“らしくなさ”が何故か心地よかった。

 結月と過ごした日々。
 凛とした声、細やかな仕草、温かみのある笑顔。
 そのすべてが、今の自分を支えていると気づく。

(……帰る場所は、結月だ)

 その瞬間、胸の奥にあったもやがすっと晴れた気がした。
 昊は、初めて感じるその感情に名前をつけた。

「……俺は、彼女が好きだ」

 無音の宇宙に、その言葉が静かに溶けていく。
 けれど、彼の中には確かな熱が灯っていた。

 彼は漸く気づいた。
 どんなに遠く離れても、心が向かう先はいつも同じだったことを――。