「彼が帰ってきた時、あなたは彼の隣にいられるの?」
「……私は、昊さんの帰りを待っています」
「今はね。でも、これから先も? 彼はこれから、もっと大きな任務に就くかもしれない。海外のチームに選ばれることもあると思うし、次は火星探査の候補に選ばれるかもしれない。その時、あなたはどうするの? 彼の夢を全力で応援できる?」
香織の声は、あくまで穏やかだった。
けれどその言葉は鋭く、結月の胸に突き刺さる。
「私は……彼を応援するつもりです……」
「じゃあ、彼が宇宙に行ってる間、あなたはどうするの? 今みたいに不安に押しつぶされながら、ただ待つだけ? 自分の夢を諦めて、彼に合わせられる? 宇宙飛行士の夫を支えるのは言葉じゃなくて、心の安定なのよ」
「……」
「私はね、彼がどれだけの訓練をして、どれだけの覚悟で臨んでるか、ずっと見てきた。彼の人生は、地上の常識とは違うの。あなたがその重さに耐えられるとは、正直思えない」
結月は、何も言い返せなかった。
香織の言葉が、あまりにも“正しく”聞こえてしまった。
「……ごめんなさい。余計なことを言ったわね」
香織はそう言って、コーヒー代をカウンターの上に置いた。
そして、立ち上がりながら、結月を真っすぐ見据える。
「彼の未来を本当に願うなら、あなた自身が答えを出すべきよ」
ドアベルが鳴り、香織の姿が店の外へと消えていく。
結月はカウンターの奥で立ち尽くしたまま、暫く動けなかった。



