重力圏外のプロポーズ、軌道修正は不可能です~宇宙飛行士は恋に不器用~


 とある日のカフェ・ルミエールは、いつもより静かだった。
 午後の陽射しが淡く店内に差し込み、香ばしいコーヒー豆の香りが店内に広がる。

 結月がカウンターの奥で焼き菓子をラッピングしていると、来店を知らせるドアベルが優しく響いた。

「いらっしゃいませ――」

 顔を上げた瞬間、結月の手が止まった。
 そこに立っていたのは、JSEAの職員・白石香織だった。

「こんにちは。……お邪魔してもいいかしら?」
「……はい。いらっしゃいませ」

 香織はにこやかに微笑みながら、カウンター席に腰を下ろした。
 その笑顔は柔らかいのに、どこか冷たい。

「ホットコーヒーをお願い。ブラックで」
「かしこまりました」

 結月は無意識に背筋を伸ばしながら、コーヒーを淹れ始めた。
 香織の視線が、じっと自分に向けられているのを感じる結月。
 緊張のあまり、手元が僅かに震える。

「……素敵なお店ね。落ち着いてて、居心地が良さそう」
「ありがとうございます。……あの、今日はどのようなご用件で……?」
「ちょっと、話したいことがあって」

 結月は入れ終わった珈琲を香織の前に置く。
 香織は珈琲の香りを堪能してから一口だけ飲み、静かに口を開いた。

「衛星通信、もうご覧になった?」
「……はい」
「彼、凄く輝いて見えるでしょ」
「……そうですね」

 昊の妻は自分なのに、当然私の方が彼を知っているわ! という香織の雰囲気にのまれそうな結月。
 視線を手元に落とし、小さく息を吐く。

「彼の人生は、宇宙にあるの。あなたの居場所は、地上でしょ?」

 結月は手にしたダスターをぎゅっと握りしめた。