重力圏外のプロポーズ、軌道修正は不可能です~宇宙飛行士は恋に不器用~


「佐知子さん、モップ、借ります!」
「はい!」

 佐知子がモップを差し出すと、結月はそれを素早く受け取り、テーブルへと向かった。

「……あの、ありがとうございます。後は私がやりますから」

 昊は顔を上げず、手を止めることなく答えた。

「危険物処理は、意外と得意です。訓練していますから」
「いや、ここカフェですから!」
「あ、……そうでした」

 昊は漸く手を止め、立ち上がった。

「お騒がせして、すみません……」

 母親がぺこぺこと頭を下げる。

「いえ、大丈夫ですよ。お子さんも怪我がなくてよかったです」

 結月は笑顔で応じながらも、横に立つ昊をちらりと見た。

(——この人、なんなんだろう。無表情なのに、気遣い上手で。誰よりも早く冷静で、とても頼もしかった)

「……ありがとうございました」

 そう言うと、昊は軽く頷き、いつもの隅の席へと向かう。
 何事もなかったかのように、冷めた珈琲を口にした。

 結月はカウンターの中から、彼の横顔をじっと見つめていた。

(——変な人。イケメンだから、気になっちゃうのかな……。でも、ちゃんと見てくれてる人だ。あの時も、今日も)

 心の奥で何かが小さく、音を立てて動いた気がした。