その夜、結月は実家の母・佳乃に電話をかけた。
久しぶりの娘からの着信に、母は少し驚いたようだったが、すぐにいつもの優しい声で応じた。
『どうしたの? こんな時間に』
「……ううん、ちょっと、話したくなって」
『ふふ、珍しいわね。何かあった?』
「……お母さんってさ、夢を追う人のそばにいるって、どんな気持ちだった?」
『え?』
「……夢を諦めた私が、夢を追いかけてる人の支えになんて、なれるのかなって……ふと思って」
市役所勤務の父親が働きながら司法書士の資格を取り、結月が高校に入学すると同時に退職し、個人事務所を立ち上げた。
そんな父親をずっと支えていた母親に、結月はずっと気になっていたことを尋ねた。
電話の向こうで、暫く沈黙が続く。
でもそれは戸惑いではなく、言葉を選んでいるようだった。
『夢ってね、誰かに許されて追うものじゃないのよ。自分で選んで、自分で信じて、進むもの。そして、誰かの夢を支えるってことは、自分の中の夢を、もう一度見つめ直すことでもあるのよ』
「……」
結月はスマホを耳に当てたまま、そっと目を閉じた。
母の声はまるで灯台のように、静かに心を照らしてくれる。
「ありがとう、お母さん」
『結月、最近、笑ってる?』
「え?」
『夢を諦めてから、声が少し暗くなった気がしてたのよ。でも今ちょっとだけ、昔の結月に戻ってる気がした』
「……そんなこと、ないと思うけど」
『結月が笑顔になれるなら、それが一番よ。 誰かのためでも、何かのためでもなく、自分のために決めなさい』
母の言葉に、結月は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
(自分のために……か)
それは、結月がずっと目を反らして来たことだった。
でもほんの少しだけ、前に進んでみたいと思えた。
今の自分なら、昔と違う選択ができる気がして……。
(結婚、本気で考えてみようかな。何かが変われる気がして――)



