消毒の世界に転移しましたが、異能がないので消毒スプレーが尽きるまでワイの命を燃やします!

 私、イーオ・オキサイドは今日も今日とて赤い土の荒野を、緊急車両のジープで走っている。
 相変わらずの曇点模様にジープの窓ガラスを叩く砂まじりの強風は、この世界がデブリスに汚染された影響を強く物語っている。

 いつになればこの低くて重い空は、青く澄んで晴れ渡るのだろう。

 青、といえば助手席に座るポピさんは、シートベルトにしがみついて歯をガタガタさせて青ざめている。

「し、新人! 飛ばし過ぎゾヨ!!」

 しかし残念ながら、ポピさんの嘆きは私の耳には入ってこない。
 なぜなら今の私の頭の中は、エチルさんの件でいっぱいだったからだ。

(エチルさんは、どうしてウロングアースにはない文字が読めたの?) 

 しかめっ面でアクセルを踏み続ける私の耳元で、ポピさんが思い切り叫んだ。

「新人! その耳は餃子の皮で出来てんのかァ⁉
 よく見ろ、前方に後期高齢者がッ!」

「おばあちゃん⁉」

 ハッとして前を見ると、3メートル先に杖をついた白髪のおばあちゃんが!
 スピードに対しての制動距離を考えると、今からブレーキを踏んでも間に合わない!!

(神さま!!)

 思い切りブレーキのペダルを踏んでからステアリングを切ると、偶然にも車体がクルリと半回転した。
 いわゆるドリフトってヤツ。

 車体ごと大きく振り回されたポピさんは「ギャア!」と断末魔の絶叫を上げて白目を剥いた。
 ジープは辛うじておばあちゃんの鼻先15センチで停車し、黒いオフロードタイヤから白煙を出している。

「ヒィッ!」 

 へなへなと座り込むおばあちゃんがフロントガラスから見えて、私は安心して鼻水をすすりあげた。

 (15歳にして一生の十字架を背負うところだった!)

 私は失神しているポピさんを車に残して、勢いよく運転席から飛び出した。

「だだ、大丈夫ですか⁉」

「お迎えが来たのかと思ったわ!」

 おばあちゃんは地面にへたり込んでいるけど、落ち着いて答えてくれた。
 ホッとした私は、何回も頭を下げて平謝りをした。

「たいへん申し訳ありませんでしたーッ‼
 どこか痛いところはありませんか?」

「腰が抜けて立てないの。手を貸して下さる?」

「もちろんです。さぁどうぞ‼」

 私が差し出した手を、おばあちゃんのひんやりとした細い手がガッシリとつかんだ。

 ドロリ

 (う?)

 老人にしては力強すぎる握力と、言いようのない違和感。
 私はひるんで手を引っ込めそうになった。

(なにこれ。
 でも、さすがに手を離すのは失礼すぎるし…。)

 私は違和感をスル―することにして、おばあちゃんに笑顔を見せた。

「これから街に行く途中ですか? 送りますよ!」 

「もう平気よ、親切なお嬢さん。私はひとりで帰ります。」

「もし、あとから何か困ったことがあれば清浄処理部隊の窓口までご連絡ください!
 では、くれぐれも道中はお気をつけて‼」

 おばあちゃんは微笑んで一礼すると、確かな足取りで背中を向けて歩き出した。

(本当に大丈夫なのかな?)

 おばあちゃんの様子にホッとしながらも、私は頭の中で反省文のタイトルを思い浮かべていた。
 結果はともあれ、業務中のヒヤリハットは報告・始末書の義務がある。

「あーもう、私のバカ。
 あのおばあちゃん、私のせいで清浄処理部隊のことを嫌いにならなきゃいいな…。」

 私は後ろ髪を引かれながらも、ポピさんの様子が気になってジープに駆け戻った。

 ♢♢♢

 土煙を巻き上げて立ち去る緊急車両を見送った老婦人は、一瞬白目を剥いて動きを止めた。

「ここは…?」

 キョロキョロと周りを見回すと、彼女はぎこちなく首を傾げた。

「おかしいわね。
 私、なぜここに居るのかしら。」

 ♢♢♢

 それから四日後の夜、事件が起きた。
 仕事を終えて清浄処理部隊の寮に戻った私は、39℃オーバーの高熱にうなされたのだ。

 ずっと頭がパンクしていた私は、外回りから帰ってきたときの手洗い・うがいの基本的な一次予防が出来ていなかったんだと思う。

 うーん、悔しい。
 私は消毒班のみんなの冷ややかな目を想像して青ざめた。

「消毒班が風邪をひくなんて…ゼッタイにダメじゃん!」

 こんなことは誰にも言えないし、外来の診察室にも行けない。
 結局、私は初めての有給休暇を使って仕事を休んだ。
 
 高熱の辛さより、ひとりで思い悩む不安が胸を締めつけた。

 (いよいよエチルさんにも見放されるかも!)

 全身を襲う寒気と関節痛と頭痛に悶えながら、私は外に出ないで寮の部屋に引きこもっていた。

(最悪。)

 ひとりでいると、ループし続ける黒い思念はやがて深い漆黒の闇となった。
 そしてその闇は、いつのまにか部屋に充満して私の全身を包み込んだ。


 さいあくさいあくさいあくさいあくさいあくさいあくさいあく
 さいあくさいあくさいあくさいあくさいあくさいあく…


 病みに病んだ次の日の夜。
 頭に電流が走ったかのような強い痺れとともに、ひとつの言葉が脳裏によぎった。



 『ヤラ


  レル


  前ニ


  ヤレ』



 (え? いま、ずいぶんと治安の悪いことを口走ったような…。)

 私の頭の中はぐちゃぐちゃ。
 そして思考はブッツリと遮断された。

 次に抗えない眠気が襲ってきて、私はいつの間にか夢の中に落ちていった。
 イビキをかきながらお尻を掻いてね。

 ♢

 「イーオ…正気になるでヤンス!」

 次に気がついた時には、薄暗い部屋の中だった。
 ん? ココは私の部屋じゃないよね。

 クモの巣がかかったような頭を左右に振ると、真下にエチルさんの美しい顔が見えた。

 (癒される夢! 私の推しは、苦しんでいてもカッコよ‼)

 じゃなくて!
 私は苦悶に顏を歪めているエチルさんを見て、冷静になった。

 (夢にしては…リアルすぎんか?)

 しかも、私の手にかかる緊張と違和感は何なんだろう。
 そう思っていると、エチルさんが枕元のスマーに手を伸ばしてライトを点灯させた。

 「ああっ!?」

 明るくなってギョッとした。
 なんと私は、馬乗りになって寝ている彼の首を絞めていたのよ!

 しかも、力いっぱいに!!

 (どど、どうしてこうなったのー⁉
 誰か私に説明して!)

 ♢

 「昨夜のことを覚えていないだと?」

 私は現在、日の当たらない大学病院の地下の会議室—別名【懲罰部屋】に軟禁され、ポピさんから長時間の尋問を受けている。

「現行犯で捕まった以上、言い逃れはできないゾヨ。」

 「スミマセン。
 夜、お風呂上がりにサブスクチャンネルを見ながら寝落ちした記憶はあるんですが…。」

 「夢遊病だと言いたいのか?」

 「分かりません…。」

 「分からないじゃないゾヨ!」

 バン、と長机を叩いたポピさんが唾を飛ばしながら私に激昂した。

 「お主にはスパイ容疑がかかっておる。」

 「私がスパイ!?」

 「夢遊病だろうと、消毒班弐番隊の隊長の寝首をかこうとした事実は変えられないからな!」

 「そんな…。」

 ♢

 会議室に軟禁されている私のもとに、ご飯を届けてくれたのはウルさんだった。
 
 「大丈夫そ?」

 私は、涙をこらえて頷いた。

「ご迷惑をおかけして、スミマセン。
 でも私、本当に記憶がなくて…。」

 「短い付き合いだけど、イーオがスパイじゃないっていうことはエチルもみんなも信じている。
 今、イーオを助けるための証拠集めをしているから、もう少しの辛抱だよ。」

 温かい気持ちになりながらご飯が乗せられたお盆を受け取る瞬間、静電気が流れた。

 「ごめんなさい!」

 驚いた顏のウルさんが苦笑いをした。

 「湿度がないと菌やウイルスが舞いやすいから、あとで加湿器を持ってくるね。」

 でもその日、ウルさんは戻っては来なかった。
 
(何かの間違いよ。
 エチルさんを襲ったのも、今の静電気も私のせいじゃないと思いたい。
 でも、もしも本当に私が誰かを傷つけているのなら?)

 私は人生に絶望して頭を抱えた。

(もうダメだ。
 転移して第二の人生なんてムリ。
 ここにも私の居場所はないんだ。)

 私は会議室の上部にある灯り取りの小窓を見た。

 (ここに居てもみんなに迷惑をかけるだけ。
 それならいっそ…。)

 ♢

 私はこっそりと大学病院を抜け出し、雑踏の中に溶けて行った。
 指名手配されることも念頭に置いて、大きなフードで頭部を隠すように包んだ。

 どこにも行くあてなどない。
 私は、この世界の異物。

 元の世界でもウロング・アースでも厄介な腫れ物なんだ。

 ふらふらと彷徨っていると急にお腹が痛くなり、私は公園の砂場に設置されているの形をした遊具の中に入った。

(懐かしい。
 家の近くの公園にも、こんな遊具があったな。) 

 徐々に呼吸が苦しくなる。

(私、このまま死ぬの?)

 命の危機を悟った私は、走馬灯のように小さい頃の記憶を思い出した。

 ある日、いつも遊んでいた公園でダンボールに捨てられていた仔犬を見つけたの。
 手のひらに乗るくらいの大きさで、お腹を空かせてミューミュー鳴いていた。 

 家に連れて帰ると両親に怒られるから、こっそりご飯を残して公園に牛乳やパンを届けて育てていたんだっけ。
 でも、私が未知のウイルスに罹患して家に隔離されてからはその仔がどうなったかは分からない。

 親切な人に拾われて幸せに暮らしているといいんだけど。

(もし私が来るのをずっと待っていたら? )

 思い出すたびに胸が痛くなる。

「もう一度だけ、あの仔に会いたかったな…。」

 脳裏に浮かべた仔犬の映像がプツリと途切れた瞬間に目を閉じた。
 今度こそ、私は意識を失った。

 ♢

「イーオ」

 遠くでエチルさんの声が聞こえる。

「イーオ」

 神さまが最後にくれたプレゼントかな。
 まだ夢が見られるのなら、私はまだ生きている?

「イーオ目を開けて」

(神さま…しつこい!)

 私は最後の力を振り絞って、重たいまぶたを押し上げた。

 ♢

「シルバー…なの?」 

 ぼんやりとした意識のなか、エチルさんが視界に映った。
 そしてなぜかエチルさんの姿が、記憶の中の仔犬のシルバーと重なった。

 でも、驚いた顔のエチルさんの口から放たれたのは、予想外の言葉だった。

「そうだよ。
 やっと、思い出したんだね。」

 エチルさんは安堵したように吐息をつくと、私の脇に鼻を寄せた。
 それはあの仔犬を抱っこした時に、必ずしていた仕草。

「私が幼い時に未知のウイルスに感染して異世界に転移した時に、助けてくれたのはイーオだったんだよ。」

「本当に?」

「私も転移していた時の記憶が曖昧だったけど、異世界について調査している時にイーオがそのスプレーでデブリスを撃退したのを見て、異世界のことを思い出したんだ。」
 
 確かに私はシルバーの前で手指消毒をしたり、漢字の練習帳を広げたりしていたっけ。
 あれで文字を学習できたんだとしたら…お利口すぎない⁉

「ずっと、会いたいと思っていた。
 異世界人の悪い風評を完全に無くしてから、イーオに打ち明けようと思っていたんだけど…逆にツラい思いをさせてしまったね。
 遅くなってゴメン。」
 
 私は爆発しそうな感情が高波のように押し寄せてきて、思わず目の前のエチルさんに抱きつこうとした。

「エチルさんッ!」

 その時、私の頭の奥で禍々しい声が響いた。

『銀狼、仕留めたり。』

 私の内部からおびただしい量の闇が出現した。

「ウッ‼」

 エチルさんの悲鳴はすぐに闇に取り込まれて、あっという間に銀の髪が黒く染まっていく。

「や、なによコレ⁉」

 私は闇を両手で追い払おうとしたけど、無理だった。
 あのエチルさんが為す術もなく闇の中に埋もれていく。

 見ているしかない自分が歯がゆい。

「エチルさん、エチルさん‼」

 それでも必死に闇に手を伸ばすと、底の見えない闇から微かに声が聞こえた。

「イーオ、逃げるでヤンス…。」

『その優しさが仇となったな。』

 闇の中からは地底から響くような恐ろし気な声がした。

「未知のウイルス!」

 私は身に覚えのある肺の息苦しさに確信した。
 この症状は、間違いなく全人類を恐怖に陥れた未知のウイルスだ。
 そう思った瞬間、パズルのピースがハマるように今までのことに納得できた。

(もしかして私を宿主として、ずっと潜伏していたの⁉)

『小娘の中に潜んでいれば、いつか銀狼と接触するチャンスが来ると思っていたが、思ったよりも早かった。
 消毒隊のエースである銀狼さえ封じてしまえば、清浄部隊などおそるるに足らぬ。
 この世界は我らデブリスのものだ。』

 声を聞くだけで頭痛と吐き気に襲われて、私は地面に片膝をついた。
 これが未知のウイルスの毒気…。

 未知のウイルスがエチルさんを取り込もうと触手を更に伸ばす。

 もう、どうしようもないの?
 その刹那ーーー。

 闇に虹色のシャボンの泡がぶつかり、弾けた途端に大きな穴が開いた。

『こ、これはッ…⁉』

「清浄処理部隊・消毒班参上‼」

 突然、防護服をまとった消毒班の三人が目の前に現れたの。
 予想外の嬉しい展開に、私は喜びの声をあげた。

「どうしてここに⁉」

「イーオの様子がおかしかったから、こっそり様子を見守っていたんだよ。」

 ウルさんがスマーを取り出して、位置情報が点滅している地図アプリを見せてくれた。
 ジアさんとポピさんは、それぞれの消毒異能を手から具現化しながら未知のウイルスの闇を見上げる。

「本命のウイルスと交戦中とは、驚きだお。」

「会いたかったぜ、未知のウイルス! いよいよ決着をつける日が来たゾヨ!」

 辺りに消毒の匂いが立ちこめ、三人がジリジリと包囲網を狭めていく。
 私は声の限りに叫んだ。

「気をつけてください! エチルさんが未知のウイルスの闇の中に取り込まれています‼」

「何ッ⁉」

『甘いなぁ。』

 三人が攻撃を戸惑った一瞬、ドロリとした闇があっという間に三人を捉えた。

「ウワァッ!」

 三人の手足をからめとった闇は、触手のように暗黒を伸ばしてその全身をも簡単に包み込んだ。
 どんなにもがいても抜け出せない泥沼状態だ。

(あの消毒のエキスパートたちが、手も足も出せないなんて!)

 闇と静寂が辺りを包み、闇はその勢力を増して公園の敷地から出ようとする。
 もしこのまま、闇が街中に氾濫してしまったら…?

 闇の中に見え隠れする三人とエチルさんが見えて、私は唇を噛みしめた。

(私はいつでも諦めてきた。
 妥協して自分を騙して、忘れるフリをしてきた。
 でも、心の中ではいつも悔しかったんだ。)

 消毒スプレーに手をかけた私は、ありったけの力を振り絞ってトリガーに指をかけたの。 

「わたし、生きたい! ここで諦めたくない‼」

『そんな攻撃、俺に効くわけがないだろう!』

 トリガーを引く前に闇の触手が私のスプレーを払いのけ、私も地面に叩きつけられた。

「キャッ!」

 固い地面に体を打ち付けた私に、鈍い痛みが襲ってくる。
 このまま何もしなければ、おそらくこの苦しみも終わる…。

(でも!)

 かろうじて動く指を地面に這わせて、私は顏を再び上げようとした。

(絶対に、負けたくない‼)

 その時、私の全身の毛穴から熱い蒸気のようなものが放出された。

『なんだ⁉』

 未知のウイルスが動揺した悲鳴を上げたのと、その蒸気が未知のウイルスを円形のバリアのように包み込むのは同時だった。

「これは…エチレンオキサイドゾヨ!」

 闇の手から逃れたポピさんが、いつの間にかガスマスクを装着して眉をひそめている。
 私はポカンと口を開けてウイルスの断末魔を聞いていた。

(えちれんおきさいど…って何⁉)

 ジアさんもウルさんもガスマスク姿で私に駆け寄った。

「凄いよ、イーオ! ガス滅菌の異能の持ち主だったんだね‼」

(私が異能持ち?
 じゃあ、未知のウイルスを苦しめているのは私の能力なの⁇
 異世界人じゃないのに、どうして…。)

 事態がうまく飲み込めなくて呆然としていると、エチルさんがガスマスク越しに説明をしてくれたの。

「エチレンオキサイドはそのガスの力でウイルスの細胞に化学反応を起こして増殖を防ぐことができるんだ。
 この異能の持ち主はレアで、私は異世界人こそがこの能力を発現できるという研究をしてきたんだが、やはり当たりでヤンス。」

「じゃあ、異世界人が未知のウイルスを連れてきたっていう研究は?
 異世界人は刑務所に入れて処罰しないんですか?」

「ああ、その可能性も捨てきれないが、だからといってそれを処罰はできない。
 行き来できるということは逆もまた然りだからね。
 こちらのウイルスがイーオの世界に影響を与えているかもしれないでヤンス。」

 ホッとした瞬間、私のガスのバリアの層が少し薄くなり黒い闇が増した気がした。
 ウルさんが緊張した顏で身構えた。

「気をつけて! まだ完全に消毒がされていない‼」

 ポピさんが顔色を変えてジアさんを仰ぐ。

「エチレンガスの消毒時間は?」

「45~60℃の低温で約6時間だお。」

「6時間? それじゃ、新人の体力が持たないゾヨ!」

 ポピさんの言うとおりだった。
 未知のウイルスに罹患していた私に、この異能を保っていられる体力は残っていない。

 万事休す。
 
 そう思った時に、エチルさんが剣を掲げて叫んだ。

「諦めないでヤンス!
 みんなの消毒の力を結集させて未知のウイルスを一気に叩くぞ!」
 
 消毒隊の各々の異能をエチルさんの剣に集めると、剣が二倍に膨れ上がった。

「命を守るため!」

 エチルさんの振り下ろした剣が未知のウイルスの肩を切り裂き、闇が晴れた。

『なん…だと⁉』

 その瞬間、未知のウイルスは恐ろしい巨体から弱々しい子どものように姿を変えて小さく変化していった。
 勝利を確信したエチルさんが、剣を鞘に納めて宣言した。
 
「消毒完了!」

 未知のウイルスがクルミ大の黒い塊になった時、ゾッとするような低く呻くような声がした。

『これで勝てたとでも思っているのか?
 貴様らがどんな手を使ったとしても、必ず何度でも戻ってくる。
 なぜなら、俺たちこそがこの世界に君臨するに、ふさわしい存在だからだ!』

 未知のウイルスは断末魔の悲鳴を上げながら煙になって消えた。

 (え、消えた!?)

「いつもなら種になるのに、なんで…?」

 私は焦って未知のウイルスが消えた場所に駆け寄り、素手で土を掘り返した。

「新人、もういい。」

「でも!」

 戸惑う私に、ポピさんが渋い顏をした。

「もう遅い…逃げられたゾヨ。」 

 ジアさんとウルさんも顏を見合わせて頷き、エチルさんが私の肩に手を置いた。

「見えなくなったということは、変異したのかもしれないでヤンス。」
 
「へ、変異ってなんですか?」

「消毒に耐性ができたウイルスは、より強いパワーを備えて繁殖するんだ。」

「そんな…」

「こんなに頑張って、命懸けで消毒(たたかった)したのに。
 またアイツらに怯えながら暮らさなきゃならないの?
 消毒って何なんですか?
 私たちは、なんのために生きているの?」

 悔しかった。
 不意にこぼれた涙が止まらない。

 一生、見えない明日が来るなんて…苦しすぎる。

「ウイルスの進化に怖がることはないでヤンス。」

 エチルさんが私の肩を抱き寄せた。

「私たちも進化して、何度でも立ち向かうまででヤンス。」

「できるかな…私に。」

 私のつぶやきに、ポピさんがニヤニヤしながら私の背中を叩いた。

「新人だけなら無理ゾヨ!」

 ジアさんとウルさんも私を取り囲んだ。

「でも、イーオはひとりじゃないよ。」

 エチルさんが優しく微笑んだ。

「頼れる仲間たちと一緒なら、いつか必ず任務を遂行できるでヤンス!」

「エチルさん、カッコよ!
 結婚してッ‼」

 私はジャンプしてエチルさんに抱きつこうとして、顔面にお決まりのアイアンクローを食らった。

「落ち込んだかと思えばまたこれか…緊張感に欠ける奴ゾヨ!」

 呆れたポピの声とともにどっと笑いが起きる現場には、戦闘後の悲壮感はなかった。
 皆が明日の希望を信じて自信に満ち溢れた表情をしている。 

 私は顔面にエチルさんの赤い手形を付けながら、晴れ晴れとした気持ちで空を見上げた。

「アッ!?」

 灰色の雲の切れ間に虹色のプリズムが見えたの。

「虹?」

「未知のウイルスを除去したから、空が一部だけ浄化されたんだ。」

「…綺麗ですね。」

 私は感動して、しばらくの間空を眺めていた。
 いつか、この大きな空を青空にできる日が来るかもしれない。

 そう思えただけでも、成長した気がする。

(この世界で、私は仲間と共に生きていく。
 私の推したちは今日もサイコーです‼)

 ✛✛✛

 清浄処理部隊の戦いは、いつまでも続いていく。
 この世に生命がある限り。

<終>