消毒の世界に転移しましたが、異能がないので消毒スプレーが尽きるまでワイの命を燃やします!

 就業時間終了のベルが流れると、私は凝り固まった首と肩をゴキゴキと回した。

 今日もコキ使われたぁ。
 これが異世界じゃなかったら、未成年の労力搾取で大問題だよ…知らんけど。
 
「肩こりなんて、いっちょまえよのぉ。」

 医療キャップを外したポピさんが、薄紫色の長髪を揺らしながら私を煽ってくる。
 業務中ならともかく、時間外までチンピラ上司に気を使う必要はないので、スル―ッとスル―。

(でも、元の世界では学校にも通えずに死にかけていたことに比べたら、肩こりくらい可愛いもの。
 ここは天国に違いない!)

 って、呪文みたいに毎日のように自分に言い聞かせてるんだけど、いつかゼッタイに草はえる。
 フゥ…。

 電気の最終確認をしてから最後に部屋を出ようとしたジアさんが、不意に後ろから私の肩を叩いた。

「新人、バックを忘れていますよ。」

 あぶな!
 私はこれがないと【異能者】としての仕事ができない。

「ありがとうございます!」

 平静を装いながらバックを受け取ると、私の心を見透かすようなジアさんがジト目でこちらを見つめてきた。

「新人は、あのバックに何を入れているの?」

 私は、急に心臓がバクバクした。

 この世界には消毒液を入れるプラボトルが存在しない。
 異能も異世界人から私の身を守るための嘘だから、なんて説明していいのか分からない!

「中身が軽そうだからそろそろ補充しないと、デブリスと戦う時に戦力にならないんじゃないんですか?」

「でっ、ですよね~アハハ! そのうち満タンにしておきます♪
 では、お先にしつれいしますッ‼」

 私は青ざめながらバックを両腕に抱え込んで、ジアさんを追い越して階段を駆け下りた。

 ♢ 

 ずぅぅん。

 どーしよ。

 マヂでメンタルがヤバイんです。

 消毒班の寮のロフト付き六畳ワンルームに帰った私は、エタノールのプラボトルを手にベッドの上で頭を抱えていた。
 ジアさんに言われたとおり、エタノールの補充はまさに死活問題だった。

 考えると怖くなるから、あまりエタノールの残量チェックはしないようにしていたの。
 でも最近は緊急出動に同行させてもらえることが増えたので、確実にスプレーの内容量が減っていることは分かっていた。

 元の世界なら詰め替え用の商品をスマホからネットショップに発注するだけなんだけど、この世界の消毒液は異能力者の身体から生成される神秘的産物なのだ。

(それならいっそ、私を助けてくれたエチルさんに正直に全てをさらけ出してみる?)

 いやいや、異世界人について調べているエチルさんにだけは、私の正体を知らせるわけにはいかない。
 だって、このウロングアースを滅ぼそうとするウイルスを広めた大罪人だよ?

 絶対にこの大学の奥に閉じ込められて、ホルマリン漬けにされるか生の人体模型にされるに違いない。
 もしくは警察に捕まって牢獄に監禁されるとか?

「…ど・れ・も、いやぁーッ‼」

 悩みに悩んだ私は、職場の中でいちばん人柄が良いウルさんに相談をすることにした。

 ♢

「ごめんね、遅くなって。」

 30分遅れて待ち合わせのプレイルームに現れたウルさんは、上は白Tシャツに下はスウェット、足にサンダルをつっかけて…という超部屋着スタイルだった。

 私も寮では似たような格好だから、親近感を感じるわ。

「髪がまだ濡れてますけど、銭湯帰りですか?」

「うん。今日もデブリスに汚されたからねぇ。
 これでも急いで来たんだよ~。」

 急に伝達ドローンで呼び出したのに、優しすぎる!
 私は思わず、目の前の自販機で瓶のコーヒー牛乳を買ってウルさんに捧げてしまった。

 それから布製の三人掛けソファーに並んで座った。

「それで、話って?」

 ウルさんがコーヒー牛乳をゆっくり飲み終えるのを見届けてから、私は話を切り出した。

「私の友だちの話で相談があって…スランプで急に異能が使えなくなったらしいんですよ。
 そういう場合は救済措置というか、誰かに異能を分けて頂くというのはアリなんですか?」

「ん、分けられる異能とそうじゃない異能があるけど、そこらへんは大丈夫そ?」

 ウルさんの意外な答えに、私は身を乗り出して食いついた。

「私と同じエタノールの異能のコなんです!」

「でもさ、エタノールにも何を原料にするかによって、種類があるんじゃなかった?」

(へっ? 知らないし!)

 私の計画では、

 ①エタノールの異能の人をウルさんに紹介してもらって、強引に仲良くなる
 ②あわよくば中身を補充してもらう

 と考えていたの。

 私は頭を悩ませた。
 そもそも、私が持っているエタノールは、どういう種類のモノなんだろう?

「やっぱり、僕よりエチルに相談したほうがいいんじゃないかな。エチルはエタノールの専門家だから。」

「ですよね…でも、ちょっとエチルさんには相談しづらい事情がありまして。」

「エチルとイーオは仲が良いと思っていたのに、意外だね。
 そうだ【エタノールの会】って知ってる?」

「何ですか、それ。」

「エタノールの異能を持つ人間のコミュニティサイトなんだ。
 オンラインの交流会とか、よくある疑問や回答なんかも見れるから、気軽に質問しやすいと思うよ。」

 へえ。異世界にもあるのね、WEBサイトが。
 私はモジモジしながらウルさんを見上げた。

「実は私、コミュニティサイトにアクセスできる媒体を持っていなくて。」

「エエッ、今どき!?」

 貧乏なコだと思われたのか、ウルさんは私に優しく丁寧に説明してくれた。
 
「事務のペンさんに申請すれば、パッソとスマーはすぐに手に入るよ。
 良かったら一緒に事務室に行って、申請書のことを聞いてあげようか?」

 それってパソコンやスマホみたいなこと?
 意味は分からないけど、通信機器のことよね?

「ウルさん神! ありがとうございます‼」

「でも、イーオは優しいね。人の心配までするなんて。」

 ギクッ。

「そんなことないです。なんか他人事じゃないってゆーか、アハハ。」

 まんま自分のことだしねッ!

「そうだね。あの日、未知のウイルスが世界に広まってから、誰かが病むと自分のことみたいに悲しいよ。」

 ふと、遠くに視線を飛ばしたウルさんの表情が切なく見えた。
 今、こうしている間にも、未知のウイルスを相手に全人類が戦っている。

 私はいかにこの異世界のホワイト企業で、細く長く生きていけるかを必死に考えているけど、ウロングサイド・アース規模で考えたらありんこ並みの小さな悩みだ。

「確かに、異能が急に消えたりしたら僕も心配で寝られないかも。
 その友だちの異能を分けてもらう計画、一時的なものかもしれないけどうまくいくといいよね。」

 ウルさんいいひと。
 私の欲まみれの嘘に共感してもらってスミマセン。

「私も心配しすぎて、夜しか寝られなかったらどうしよう!」

 私が困ったようにため息を吐くと、すかさずウルさんがツッコミを入れた。

「夜寝られれば充分だよ。」

 え、私は昼寝もしたいけど?

 ♢

「イーオ、事務のペンさんから内線でヤンス。」

「ありがとうございまーす!」

(エチルさん、隙アリ!)

 受話器を受け取る時に、どさくさに紛れてエチルさんの手に触れようとした私は、無表情のエチルさんに手首を思い切りひねりあげられて悲鳴をあげた。

 ウグッ、下心がミエミエだったしら?

手袋(グローブ)を履いたまま電話に触るのは不潔でヤンス。」

(そっちかーい!)

 私はすぐに医療手袋を外して不感染ゴミに投げ入れた。

「申しわけありませんでしたッ!」

 エチルさんの美しい顔が華麗にほころぶ。

「生命を守るためでヤンス。」

 キャー! カッコよ!!
 今日も今日とて、私の推しは最強です♡

 ♢

 ペンさんの電話の内容は、申請したスマーが入荷したから事務室に取りに来いという内容だった。

 (イェイ♪
 これで切れかけていた私の首の皮がつながるよね‼)

 帰りまで待てなかった私はお昼の休憩時間に事務室でスマーを受け取り、女子トイレめがけて全力ダッシュをした。

 ♢

「スマーちゃん、オープン!」

 早速、個室に入って鍵をかけた私は、便器の蓋に腰掛けて意気揚々と外装の箱を開けた。
 が、開けた瞬間、その中身に慄いて声をあげてしまった!

「ヒッ!! クク、クモッ⁉」

 落ち着いてよく見てみると、それは小さな蜘蛛の形をしたイヤーカフだった。
 通信機器といえば勝手にスマホみたいな画面付きの電話を想像していたけど、このスマーは触手のような細い針金がウジャッと付いている。

 ウルさんの話だと、登録して耳に引っ掛けるだけで脳へ信号が送られて仮想空間での通信が可能になるモノらしい。
 どうやって耳にかけるのかと裏返した瞬間、手の中のスマーの触手がパッと広がって飛びあがり私の耳にしがみついた。

「ピギャッ。」

 針金が耳をつかむ冷たい感触にゾワッとする!
 そう思った瞬間、キーンという耳障りな金属音が頭に響いて、目の前の世界が開けてビョンと横に伸びて広がった。

「なになにッ⁉」

 キョドって周りの状況を確認している頭の上で、ポップな明るい音楽が流れてきた。

(わ、私はトイレにいたはずなのに、ここはどこーーー⁇)

 何もない明るいだけの空間には浮遊感があり、ふわふわと身体の位置が定まらない。
 瞬きした時、目の前の光が弾けてその中心に羊のロボットのようなものが現れた。

 思わず身構えた私に向かって、ソイツは華麗にお辞儀したの。

『はじめまして。このコミュニティの案内役、執事のメリー・マスターです! ご用件をどうぞ♪』  

 あー、羊の執事ってことね。
 異世界にもオヤジギャグってあるんだ。

「ここはなんですか?」

「こちらは仮想空間Xです。
 ここではマスターの好きな空間にアクセスして、様々な情報を得たり疑似体験ができるでしょう。
 それではご用件をお申し付けくださいませ。」

 よく分からんけど、これがスマーの機能ということかしら?
 私はゴクンと生唾を飲み、切り出した。

「【エタノールの会】にアクセスできますか? 悩み相談がしたいんです。」

『もちろんです。
 ピピッ…条件一致。【エタノールの会】よりアクセス許可が下りました。
 それではマスター、こちらの扉を開けてください。』

 何もなかった空間に光る扉が出現して、メリーが横に長い三日月のような目を瞑ってお辞儀した。
 私は言われるがまま扉のドアノブに手をかけて、ゆっくりと押してみた。

 その瞬間、床と天井がグルンと反転して私は宙づり状態になった。

「キャアアア!」

 髪が一気に逆立ち頭の血が上った私は、悲鳴を上げた。

「たーすーけーてー!!」

(仮想空間でも、死なないとは聞いてないわ!)

「大丈夫ですか?」

 逆さになった私を、下にいた男の人が支えてもとに戻してくれた。
 いや、下が天井だから上にいたのかな?

 ふわふわした雲みたいなところに虹色のプラスチックのベンチが置かれただけの空間。
 私を助けてくれたスーツ姿に七三分けのキリっとした男性は、眼鏡の奥の柔らかい瞳を細めて話しかけてくれた。

「君、見ない顔だけど、ココは初めて?」

「あ、ハイ。
 ここはエタノールの会ですか?」

「そう。エタノール専門の異能を持つ能力者のコミュニティだよ。」

 言われて周囲を確認すると、複数の人たちがベンチに座り、輪を作って井戸端会議をしている。
 その輪に意識を向けただけで、ガヤガヤとした声が耳になだれ込んできて、エタノールに関する話題を聞くことができた。

 ふぇぇ。コミュニティ、面白いかも。

「ここで悩みを聞いて貰えると聞いたんですが・・・。」

「私はイソプロと申します。もし私で良ければ話してみて。力になれるかもしれませんよ。」

 私、今日の運勢第一位?
 優しい人に出会えて良かった!

 私は言葉を慎重に選びながらイソプロに勧められるまま、ベンチに座った。

「実はお恥ずかしい話、エタノールの異能のスランプでして…。
 エタノールが出せないと仕事に関わるので、どうにかならないかと。」

 イソプロは驚いた顏をしたあとに、真剣な眼差しを私に向けた。

「それは大変でしたね。
 良ければ力になりましょうか?
 僕の体内で生成したエタノールを分けて差し上げますよ。」

「エエッ! 」

 こんな簡単に話が通ると思ってなかった私は、心臓が口から出るくらい驚いて立ち上がった。

「いっ、いいんですか?」

「困ったときはお互いさまです。」

「ありがとうございます!
 じゃあ連絡先を交換して、現実世界で待ち合わせをしましょうか。」

「この空間でも現実の物のやりとりはできますよ。
 コミュニティに入る前に、実際に物を手に持っていればオッケーです。」

「それなら大丈夫ですね!」

 私はイソプロに言われた通りボディバックの中身を探り、三分の一の残量が入ったエタノールボトルを取り出した。

「ありがとうございます!助かります!!」

(本当に良かった…!
 こんなにスムーズに話が進むなんて‼)

 私はラッキー展開を神さまに感謝しつつ、三角のプラ容器をイソプロに見せた。

「この容器に足してもらえますか?」

「もちろんです!」

 イソプロは人差し指を容器の入り口に当てた。
 人差し指からあふれ出した無色透明の液がプラ容器に足されていく。

 注ぎ終わる瞬間、零れた水滴が跳ねて雲の上に落ちた。

「あっ、勿体ない。」

 思わず床に視線を落とした私は、雲が緑に染まったのに気がついた。

「え!」

 私の目の前で緑の液体からニョキニョキと煙が立ち昇り、巨大なデブリスの顔を形成した。

「デブリス⁉」

 顔だけのデブリスは、ギョロリと大きな目玉を動かして私を視界に捉えた。

『ククッ、足シタナ~!』

 体が硬直して動けない私の耳に、デブリスの邪悪な声が突き刺さる。

「どういうこと?
 どうして消毒薬からデブリスが出てきたの!?」

 私がうろたえていると、周囲の人たちがざわめいた。

「コミュニティにデブリス!?」

「あり得ない!」

 緊急事態に騒然とする人々を見て、急にイソプロが俯いたまま腹を抱えて笑い出した。

「ハハハ!バカなやつらめ‼」
 
「どういうこと!?」

 顔を上げたイソプロの私を見る目に紳士の面影はなく、氷のように冷え冷えとしている。

「消毒薬だろうと洗剤だろうと、液体に継ぎ足しをする時には必ず雑菌や微生物が入るんだよ!
 内容量を増やすときには総入れ替えが鉄則だ‼」

 私は頭をバットで殴られたような衝撃を覚えた。

「だましたの!?」

「人聞きが悪いな。
 だまされるほうが悪いのさ。」

「なんで…ひどいよ。」

 ガックリと肩を落とした私を見て、イソプロが喜びに身もだえた。

「ククク。ああ、面白い。
 これだから初心者狩りは止められないんだ!」

(なんて人なの⁉
 いや、そもそもこんな初歩的なミスは、清浄処理部隊失格だ!)

 イソプロに気を取られている隙に、私のエタノールから増殖したデブリスが人々に襲いかかった。

『イッパイ食ウ‼』

(せめて、時間稼ぎになれば…!)

 私が一匹のデブリスの前に立ちはだかったその時、疾風が鼻先をかすめてデブリスを真っ二つに切り裂いた。

『ギャンッ‼』

 ウソ。
 ここは仮想空間だよ?

 私は目の前に立つ姿が願望から現れた蜃気楼かと思った。
 でも、銀色の長髪、金色の瞳、狼の耳と尻尾を持つ青年といえば…。

「清浄処理部隊・第弐部隊隊長・エチル参上!」

「エチルさん、愛していますッ!
 フゴォッ…。」

 感激で抱きつこうとした私は、いつもの激しめのアイアンクローで顔面を制された。
 今日も今日とて、私の推しは完璧です♡

 エチルさんは私の顔に指を食い込ませながら不思議そうに私に聞いた。

「なんでイーオがこのコミュニティに?」

「これにはいろいろ事情がありまして…。」

 私が事情を説明しようとしたとき、イソプロが怒り顔で割って入ってきた。

「お前は誰だ!」

「エタノールの会でエチルを知らないなんて、モグリだな。」

 成り行きを見守っていたコミュニティの住人たちがクスクスと笑う。
 エチルさんは不敵に笑った。

「このエタノールのコミュニティの管理人・エチルでヤンス。」

「ヒッ、エチル…清浄処理部隊の銀狼⁉」

 イソプロの表情が、初めて動揺して青ざめた。
 エチルさんは面と向かってイソプロに対峙する。

「初心者の会員を騙してデブリスを出現させる不届き者が居るという噂を聞いて、仮想空間をパトロールをしていたんでヤンス。」

 私はイソプロを後ろから羽交い絞めにした。

「エチルさん、その不届き者はコイツです! 今、まさに私が騙されました‼」

「知りませんよ、この女がエタノールを足したいとかおかしなことをほざくから!」

 やめて!
 私は心の中で絶叫した。

(エチルさんの前でソレ言わないでー‼ )

「イーオ、エタノールを足そうとしたの?」

「ウッ、アッ、ハイ。ごめんなさい。
 トランプ…じゃなくて、スランプなんですッ‼」

 目をギュッとつぶって頭を下げた私の耳に、鈴のような声が降り注いだ。

「なんだ、そんなこと。
 最初から相談してくれたらいいのに。」

 エチルさんは私のプラボトルの成分表示をジッと眺めた。

「一度この容器を洗浄、乾燥・消毒するでヤンス。
 それから私がピッタリ同じアルコール度数のエタノールを生成してあげる。」

「えっ、あのでも、そんなの申し訳ないです!」 

「仲間が困っていたら、助けるのがチームでヤンス。」

「エチルさん、好きッ!」

 安堵した私はイソプロをその辺に投げ出して、両手を大きく広げてエチルさんに駆け寄ったけど、瞬時にオオカミの尻尾でゴミのように思い切り掃われた。

「グエッ!」

 その勢いで逃げようとしていたイソプロの背中に突撃した私は、イソプロとともに大ダメージを食らって床に転がった。

 一網打尽とは、まさにこのこと。
 さすがですね! エチルさん‼

「これにて、一件落着でヤンス。」

 ♢

 こうして晴れてエタノールの残量に困らなくなった私は、デブリスとの戦いでも思い切りスプレー噴射ができるようになった。
 これで胸を張って、ただのスプレーを異能だと偽って暮らしていく自信がついたわ! 

 ふはははは!
 異世界転移詐欺者・爆誕‼

 でもそれが新たな疑念の種を生むことになるとは、このときは思っていなかったの。

 ♢

 ある日、ポピさんに同行した緊急出動の帰り道、不意に私のスプレーボトルをポピさんがひょいと持ち上げた。

「おぬしの異能は、本当に変わっておるのう。」

「ですよね♪」

 変わっててもいいの。
 中身が常に満タンなら。

(エチルさんの愛のチカラで、ね♡)

 いろんな角度からスプレーボトルを眺めていたポピさんは、不意に眉をひそめて品質表示の文字を指さした。

「コレ、なんて読むの? どこの文字?」

「えっと…アレ、ポピさんて漢字は読めないんですか?」

 ポピさんて普段は偉そうにしているくせに、漢字は不得意なのかしら。

(弱点発見!
 イジられたら、イジり返すネタができたわ♪)

 私が密かにほくそ笑んでいると、ポピさんが衝撃のひと言を放ったの。

「カンジ? こんな不思議な文字は初めて見るな。」

(え?
 まさか、この世界に漢字はないってこと⁉)

 動揺をポピさんに悟られないように、私は震える手を隠した。 

「あれ、でもエチルさんは…!」

 そう口に出したあと、私は恐ろしいことに気がついて、ゾクッとした。

(ポピさんに読めない私の世界の文字を、エチルさんはどうして読めたの…⁉)