消毒の世界に転移しましたが、異能がないので消毒スプレーが尽きるまでワイの命を燃やします!

「さあ、ここで問題です。」

 滅菌消毒室内にある高圧蒸気滅菌器の説明をしていた白衣のポピさんが、看護学生たちを振り返った。

「除菌・殺菌・抗菌・滅菌の意味をそれぞれ答えるゾヨ。」

「ウッ!」

 そこにいた学生たち全員が見事に引きつった顔をして、その場に静寂が訪れた。

「教科書どおりの答えじゃなくてもよいゾヨ。」

 笑顔の裏に秘めたポピさんの真意を、まだ誰も知らない。

「…ハイ。」

 やや間が合って、自信が無さそうな顔の学生がノロノロと挙手をした。

「除菌は菌を取り除くこと、殺菌は菌を殺すこと、抗菌は菌を繁殖させないようにすること、滅菌は菌を消滅させることですか?」

「じゃあ、殺菌と滅菌の違いは? 殺すのと滅することの違いはなに?」

「殺菌と滅菌はどちらも同じ意味のようだけど、滅菌の方がスゴイとか?」

「それだけ?」

「え。」

「そ・れ・だ・け?」

 出ました、これよ。

 これが噂の【それだけオバケ】の追加質問攻撃なのよ!
 私は絶句したきり瞬きもできない学生さんに、心から同情し祈りを捧げた。

 アーメン。

 ♢

 私が働く大学病院では、月にニ回ほど医療学生たちが実習目的で滅菌消毒室を訪れる。
 その時は副隊長のポピさんが先生になるのだけど、決まって今日と同じ問答が繰り広げられるのよ。

 一見、自発的に答えを導いているようだけど、答えられないのが分かっても質問するあたり、単にポピさんは性格が悪いんだと私は思う。

「答えられないゾヨ?」

 ポピさんは満足げに頷くと、洗浄した器材を清浄テーブルで組み立てていた私の肩を叩いた。

「じゃあ正解は、ココに居る先輩に答えてもらおうかな。」

 うわーん!
 火のない所に火の粉を飛ばさないでくださーいッ‼

 しかも異世界転移してきた私が、ここの学生たちの先輩なワケないじゃない!
 なんなら私、中学生‼

 期待をこめた学生たちの、キラキラした視線がものスゴく痛い。
 私はとっておきの愛想笑いを浮かべて、後ろを振り向いた。

「私なんかよりもっと優秀な先輩がココにいらっしゃるので、そちらに聞いてくださ…エッ、誰もいない⁉」

 そこにいるはずの、ウルさんとジアさんが忽然と消えていたの。
 ついさっきまでは、洗浄済みの器材を乾燥器に入れていたのに。

(信じられないあの二人! 逃げ足が早すぎる!!)

 目玉が飛び出るほど驚いた私は、自分も逃げ出したい衝動を必死にとどめた。
 そして以前、エチルさんに習った滅菌についての記憶をたどることにしたの。

(頑張れ私! 試練を乗り越えるのよ‼)

「えっと、滅菌は菌やウイルスといった微生物の数を滅菌前の状態から100万分の1以下に減らすことです。
 他の言葉は対象物から生菌数を有効数ぶん減らしたり増殖を抑えることなんですが、その数や種類の決まりはないはずです。」 

「ム。新人のくせにおおよそ正解とは…生意気な。」

 ポピさんは少し悔しそうに唇を噛んだ。

「ちなみに100万分の1に減らすことを無菌性保証レベル10⁻⁶ともいう。
 病院では患者さんの体内に触れる器材ついては、必ず滅菌をするゾヨ。
 それは明確にされた数字からも分かるように、滅菌こそが最上位の菌を減らすことができる手段だからゾヨ。」

(なんとかなった。
 ポピさんの実習はいつも気が抜けないわ!)

 張り詰めていた糸が切れた私は、ストンと事務用椅子に座った。
 前回は突然ポピさんに質問されて恥をかいたのが悔しかったけど、今日は自分の成長が嬉しく思うわ。

 ウン、これからは何でも勉強だと思うことにしよう。逃げちゃダメ!

「じゃあ、次に個人用防護具の着脱の手順で・す・が。
 ここで問題です!
 グローブを脱ぐのは何番目でしょうか?」

 得意げな顔のポピさんとは対照的に、学生たちの顔色が分かりやすくサアーッと青くなった。
 私はその場に飛びあがるとシールでパックした器材を手に持って、ダッシュで隣の滅菌室に駆けこんだ。 

 ♢

「最近の学生は元気がないのう。」

 学生に別室でレポートを書かせている間、ポピさんが消毒室で私相手に愚痴を吐いている。
 ウルさんとジアさんはまだ帰ってこないので、私ひとりで業務を担当しているのだけど、また急に何を言われるのかヒヤヒヤものだ。

 こういう一人の時に限って、困ったトラブルが起こるのよね。

「ワシが学生のときは、先生が呆れるくらい質問したゾヨ。」

「やっぱり、質問してくれると嬉しいですか?」

「もちろんゾヨ。やる気が見えるからな。

 説明を理解したかと聞いて『ハイ』と答える学生と頷くだけの学生では前者の方が好ましいし、レポートの文章にも顕著に差が現れるゾヨ。」

 やる気ばっかりが空回りして、結果を残せない人間も多いけどね。
 私みたいに。

「学生が盛り上がるのは手洗いチェッカーの実験のときくらいだな。」

「実験ってどんな?」

「蛍光塗料を汚れに見立てて手を洗い、ブラックライトに手をかざして洗い残しを自覚させる実験ゾヨ。」

「へええ、面白そうですね! いつか私もやってみたいです~。」

「言ったな、新人。」

 ポピさんの目つきがスッと変わった。

「それでは午後からの実習で私の助手になることを許すゾヨ。」

「ハッ、じ、助手ッ⁉
 いや、あの、え~っと、私には午後からも仕事がありますし、他の二人もまだ帰ってきませんし!」

「ここは僕たちがいるから大丈夫だお!」

「イーオ、せっかくだから行ってきなよ。こっちは気にしなくてもいいよぉ。」

 いつの間にか部屋に戻っていたウルさんとジアさんが、二人そろって私の背中をグイグイ押してくる。

「ず、ズルイ!」

 わめいて抵抗する私の耳元で、ジアさんが低い声で囁いた。

「先輩の言うことを聞け、新人。」

 クッ、パワハラで訴えたい! けど、異世界に労働基準監督署はなさそう…。
 結局、防護エプロンと医療キャップを無理やり剥ぎ取られた私は、鼻歌を歌いながら歩くポピさんの後ろについて実習室に向かうハメになった。

 これって、普通に死亡フラグでは⁉

 ♢

 101実習室の廊下にはもう七人の生徒たちが待っていた。

「よろしくお願いします!」

 私はポピさんに指示された通り、器材を生徒たちに手渡したりプリントを配ったりした。
 最初は嫌だったけど、やってしまえばその役になりきれるものね。

 しかも学生たちは私がへなちょこ新人な上に中学生の異世界人なんてことは知らないから、きらきらした瞳で色々な質問をしてくるの。

「この機械は何に使うんですか?」

「それはチューブ乾燥機です。」

「この水槽の中身は?」

「それは酵素洗剤の入った恒温槽ですよ。」

 私ははりきって学生たちに宣言した。

「もう何でも聞いて!」

「国家試験の出題傾向について聞きたいんですが…。」

 答えられない私はニッコリと口にチャックをして鍵をつけた。
 さすがに知らないことには答えられない。 

 この気まずい空間に実験の用意を終えたポピさんが現れてくれて、私は澄まして教壇の横に立った。

「それでは、順番に蛍光塗料を手に塗ってください。」

 ポピさんに指示された私が蛍光塗料の入ったジェルを持って生徒たちの前に行くと、七人のうち三人がためらう素振りを見せた。
 気が短い私は横目三人の様子を見守った。 

(言われた通りにチャッチャッとやって終わらせてよ。)

 ところが学生たちは私に怯えながら後ずさり、一斉に背中を向けて出入り口に走り出したの。

「どこに行くの?」

「すみません、俺にはできません!」

「私も、無理です!」

「以下同文!」 

 大声で叫びながらあっという間に実習室から消えた三人。

 あまりのことに、残された学生たちと一緒に呆気にとられていると、ポピさんが冷ややかに私に言った。

「ここで問題です。」

 ギクッ! 完全にオフモードだった。
 まだ問題?

「助手の仕事とはなんでしょうか?」

「先生が円滑に仕事ができるように雑用をすることです。」

「それだけ?」

「わわわ!」

 戸惑う私の前でポピさんが長い脚を振り上げた。

「正解は、今すぐ学生たちを捕まえてくることゾヨ!」

「そんなぁ!」

 ポピさんの長い脚で思い切りお尻を蹴られた私は、その勢いのままボールのように実習室の外に飛び出した。

 ♢

 逃げ出した生徒たちを追って実習室から廊下に出た私は、姿を消した彼らの痕跡を追った。
 西と東に抜けた通路がある廊下なんだけど、パッと左右を見渡しても三人は見あたらない。

(もう、この広い施設のどこから探せばいいの?)

 思わず投げ出したくなる気持ちをグッと抑えて、私の推しのエチルさんならどうするかを考えた。

(エチルさんならやみくもに学生を探したりしない。
 きっと、物事を順序だてて考えるはず!)

 この実習室は大学病院の二階にある。
 そして、清浄区域に居た彼らは実習室前に設置されているスリッパを履いていた。

 私は急いでシューズロッカーを確認したけど、外靴を履き替えた様子は見えない。
 なら、まだ施設内にいる可能性が高い。

 私は下りの階段を見下ろした。

(スリッパを履いて階段を降りるのは、時間がかかるし少し面倒かもしれない。
 だとしたらエレベーターを使った?)

 私は二基あるエレベーターの階数表示を見比べた。
 一基は五階で停まっていて、もう一基は最上階の十一階。

 もし、私が逃げるならこっちの階だ…!

 ♢

 ポーンと高い音がしてエレベーターの扉が左右に開いた瞬間、カカオ豆の香ばしい匂いがした。

 大学病院の十一階はフロア一面いちめんが院内カフェになっていて、市街を見渡せる眺望と薫り高いコーヒーが同時に楽しめる学生たちに人気のスポットなの。

(さーて、逃げた学生たちは居るかな…?)

「ゲッ、先生!」

 私を見た途端、薄い天板のカフェテーブルに勢いよく膝を打ち付けた男子学生は、青くなりながら苦痛に顔を歪めた。

「マズ。」

 大きな声で実習のグチを吐き出していた女子学生たちは気まずそうに目を伏せた。

「よくここが分かったな⁉」

「消去法よ。エレベーターが停まっていた階が、教授の部屋がある階とここの二択だったから。
 さあ、そのコーヒーを飲み終わったら実習室に帰ろうね。」

 無言で席を立った女子学生たちは、早足で私の脇をすり抜けようとする。

 ポピさんの鬼の形相を思い浮かべた私は、必死に学生たちの前に回り込んだ。

「わわ、待って。逃げないで!」

「この人、しつこい。」

 ウッ。お願いだから、言葉のトゲはプチプチみたいな緩衝材で優しく包んでから喋ってほしいな。

「私で良かったら聞くから、話してみない?」

「先生に言っても、アタシたちの気持ちなんて分からないよ。」

 苛立ちを隠さない態度は、単に自分がナメられているんだと思った。

 けど、目も合わせないで立ち去ろうとする学生たちの背中には、私は懐かしい切なさを覚えた。

(このトゲトゲした感じ、知ってる。
 私もウイルス感染が発覚して隔離されたときに、そうだったもの。)

「本当のこというと、私は先生じゃないの。」

 私の告白にエレベーターに乗り込もうとしていた学生たちが、足を止めた。

「ウソだ。ポピ先生が私たちに、あなたを助手だって紹介したじゃないですか。」

 本当です。
 なんなら中学生なんだけど、それはさすがに言えないか。

「私はただの滅菌室の助手なだけだよ。
 だから、君たちを叱ったり咎めたりする権利はないんだ。
 でもね、これだけは言える。
 占い師とかに相談するとお金がかかるけど、私なら無料だよ?
 得にはならなくても、損しない相手になら話しても良くない⁇
 ノーリターン、ノーダメージ! オッケー?」

 三人は顔を見合わせて振り向くと、一斉にふき出した。

「プッ…変なひと!」

 手首に巻いたミサンガをいじりながら、唇を尖らせた女子学生は男子学生をチラ見した。

「どうする?」

「まあ、悪い人じゃなさそうだし話してやってもいいか。」

 ノックと名乗った男子学生が包帯を巻いた自分の手を見つめながら、急に深刻な表情を浮かべた。

「実はこの包帯を取ると、俺の手の内部で飼っている古の黒龍が暴走して、ウロング・アースを滅ぼしてしまうんだ。だから、手を洗うこの実習には参加できない・・・以上だ。」

 こくりゅう?

 リアクションに困っていると、分かりやすくドン引きの女子たち二人が後退した。

「怪我しているのかと思っていたけど、厨二病だったんだ!」

「チッ、神を恐れぬニュータイプめ。
 そういうナーシとケアは俺さま以上の崇高な理由があるんだよな?」

「もちろんよ。」

 ナーシと呼ばれた、うさぎのように髪を耳の上で結んだ女子学生が鼻息荒く進み出てきた。

「私はこの前、推しメンのライブに参戦したの。シロ君が投げたサインボールをキャッチしたこの手、絶対に洗うわけにはいかないわ!」

 あらら。こっちも似たもの同士!

「フン、やっすい理由だな。」

「スタッフが書いたサインボールかもしれないしね。」

 ノックとケアに一笑に付されたナーシは、むくれてケアを指さした。

「裏切者! あんたこそどうなの、ケア?」

「私は、このミサンガに願掛けしているから濡らしたくないわ。」

「どんな願掛けなの?」

「どーせ、大したことない願いだろ。」

 ケアは手首のミサンガを反対の手でギュッと握りながら答えた。

「小っちゃい時から飼っていたウチの老犬の体調が最近良くないの。

 だから、少しでも長生きできますようにって、このミサンガに願掛けしてるんだ。」

(それゼッタイ泣けるヤツ!)

 ノックが赤くなった鼻をすすりながら、ケアの肩に優しく手を置いた。
「よし、お前は合格だ! 帰っていいぞ。」

「何が合格よ!」

 ケアは心底嫌そうにその手をはねのけた。

「汚い手で私の肩に触れないで!」

「そうよノック、あんたは不潔なだけだから実習に参加したほうがいいわ。」

 三人が急に仲違いを始めて、現場はカオスな雰囲気になってしまった。

「まあまあ、みんなの話は分かったから…。」

 ケンカを制しようと学生たちの輪の中に入った私は、彼らに突き飛ばされてフロアにコロコロと転がった。

(わーん、ひどいわ!
 ポピさんといいこの学生たちといい、私をボールか何かと勘違いしていない?)
 もう、こうなったら…。)

「清浄部隊消毒班、イーオ参上!」

 私がドデカい声でタンカを切ると、フロアにいる人たちの視線が私に集まった。

「手のひらには100万個のウイルスが存在するんだよ。
 病気は自分がうつらないことも大切だけど、人にうつさないことも重要!
 人を介して増殖するウイルスや菌が、動物にだってうつらないと言い切れる?
 これだけは言わせて。
 あなたたちが頑固に手を洗わないことがデブリスを引きよせる原因になるなら、私はあなたたちを消毒対象物とみなして倒します!」

 ウウッ、恥ずかしいよーッ!

 全部がエチルさんの受け売りだけど、叫ばずにはいられなかった。
 だって、医療従事者のタマゴたちがこんな初歩的なことを拒否していたら、明日の医療はどこにもないじゃない!

「嫌だよ。」

 ボソッと聞こえたつぶやきに、私は学生たちを見つめた。

「私についたウイルスが、周りまわって推しを苦しめるかもしれないなんて、嫌だよ。」

「確かに、動物に菌やウイルスがうつらないとはかぎらないよね。」

「ああ、俺は理解したよ。
 今日が包帯コイツを取るXデーなんだってことをな!」

 伝わったーーー。

 温かい気持ちが胸にフワフワ溜まって、満たされるのを感じる。
 すべては平和に解決した、と思ったのよ。

 この時はね。

 ♢

「デブリスみたいに倒されちゃうから、イーオ先生の言う通りにしますか。」

「だから、私は先生じゃないんだってば!」

 ノックが私をからかいながらスルッと包帯を外した瞬間、その手から何かがポロポロこぼれ落ちた。

「何か落ちたよ。」

 私が落ちたものを拾うために屈んだけど、すぐに驚いて手を引っ込めたの。

 床に転がったそれは…ピクピク痙攣したように蠢く、芋虫のようなデブリスだった‼

「キャッ!」 

 あっという間にノックの手からものすごい数の小さな黒いデブリスが床にこぼれ落ちてきて、フロア内は一瞬で修羅場と化したの。

「グワァッ! 俺さまの手から黒龍じゃなくて、デブリスが出てきただと⁉」

 学生たちや周囲にいたカフェの客の阿鼻叫喚に混じって、私にだけ小さな声が聞こえた。

『イエ コワレタ』

『コッチノイエ ヒッコス』

「家って何?」

 そう思った瞬間、真っ黒なデブリスの集合体がノックの手からケアのミサンガ目がけて猛然と襲いかかり、あっという間に全身を黒く埋めつくした。

 ノックとシーアが悲鳴をあげてケアから離れると、ケアがデブリスに覆われた隙間から手を出して、私に助けを求めたの。

「イーオさ…!」

 私は頭まで鳥肌が立ち、全身の血が逆流する気がした。

(どうしよう! ケアの全身に消毒スプレーを直接吹きかけるわけにはいかないわ。
 目に入ったら失明するおそれもあるし、粘膜がただれる危険もある。
 私の推しならどうする? 私の推しなら…。)

 頭がグルグルして、考えがちっともまとまらない。
 私は思わず叫んでいた。

「エチルさーーーん!」

 その時、むせかえるようなシャボンの香りがして、大量の水がケアを襲った。

 水を浴びたケアが、むせびながら悲鳴を上げた。

「洗浄班・オレイン参上!
 看護学生が知れへんうちにデブリスを育てとったとは、灯台下暗しやな!」

「消毒班隊長・エチル参上。」

 銀色の長髪に狼の耳と尻尾を持つ青年と、魔法陣から水を出すピンクの髪の青年が目の前にいる。
 もちろん、銀髪の美青年は私の推しだ!

「エチルさぁん♡」

 助けに来てくれたエチルさんに後ろから抱きつこうとした私は、すぐに振り向きざまのアイアンクローで制された。
 今日も今日とてつれないけど、私の推しは素敵です‼

「今度はポピさんの助手でヤンスか。よっぽど彼はイーオを気に入ってるようだね。」

 え? エチルさん、それは大きな勘違いよ。
 舎弟とか、子分とかならまだ分かるけど。
 気に入っている相手の尻を毎回蹴るようなら、私はポピさんに狂気を感じるわ。

「消毒班はちょっと待ちぃ。まずは基本の予洗浄や!」

 オレインが手を動かすたびに、光る魔法陣から出る流水が形を変えて学生を取り込んだデブリスたちに襲いかかった。

「これで六割のデブリスを落とせんで!」

 オレインの言葉通り、デブリスは流水にもみくちゃにされながら流されていき、ケアの身体から黒いかたまりがズルリと落ちたのよ。

「それから、セッケンの泡洗浄! 手の甲、指先、爪先、指の間、特に親指の付け根と手首は忘れがち!
 30秒以上こすり合わせるのがベストやで!。」

 泡にまみれたケアは、オレインに言われた通りに必死に手をこすり合わせている。
 すでにミサンガも泡だらけだけど、デブリスまみれよりはいいはず。

「ほんだら最後に流水でよく洗い流して、ペーパータオルで拭いてから蛇口を閉めるんや!
 これでデブリスは九割減少するわ!」

 エチルさんが私を振り向いて微笑んだ。

「最後に消毒用エタノールを手洗いと同じ手順ですりこめば効果倍増でヤンス!
 イーオ、やってみるかい?」

 私はコクンと頷いてケアに叫んだ。

「ケア、もう一度私を信じて、手をこちらに出してください!」

「イーオさん! お願いします。」

 ケアの手に勢いよく消毒スプレーを吹きかけると、私はそのままケアの手に消毒液をすり込む実演をした。すると、デブリスの断末魔の声がフロア全体に響きわたり、小さなデブリスの種がバラバラとケアの手の間からこぼれ落ちた。

「消毒完了!」

 私が消毒宣言をすると、すでにエチルさんに消毒をされていたノックとナーシの手からも小さな種が落ちたようで、床には黒い種が山のように積もっていた。

「これでわかったでヤンスね。手指消毒は何のためにやるのかを?」

 エチルさんが学生たちに問いかけると、学生たちは胸に手を当てて元気よく叫んだ。

「命を守るためです!」

 良かった!

 今回の騒動で学生たちの意識が変わったこともだけど、自分が初めての【消毒完了】をしたことが、とても誇らしいと同時にくすぐったくも感じた。

 ♢

「それではここで問題です。」

「お手洗いに行ってきます!」

 それからというもの、ポピさんの実習が始まると私はすぐにトイレに逃げることにした。

(ポピさんの助手はもうこりごりだわ!)