異世界転移しましたが、異能がないので消毒スプレーが尽きるまでワイの命を燃やします!

 考えたことはある?

 もしもライフラインが使えなくなったら。
  もしも明日、世界が壊れてしまったら。
 もしも未知のウイルスが人類を淘汰しようと目論んでいたら。

 予測する必要がある。日常が非日常になる前に。 必要なのは洗浄と【消毒】


 ♢

 2☓☓☓年、ウロングサイド・アース。

  比較的穏やかに発展してきた世界で、未知のウイルスが突如として世界的に増殖・変異を繰り返した。
 結果、一年足らずで世界の人口が3割弱減少し、世界を恐怖のどん底に陥れた。

 人類は生物ヒエラルキーのトップに君臨していることが大きな勘違いだと思い知らされたのだ。

  そこでウイルスとそれに便乗してまん延するデブリス(無機あるいは有機の異物)の侵略に対抗するべくして政府が取った手段が、選りすぐりの異能集団を訓練した【清浄処理部隊】を結成することだった。
  それは洗剤を身体から抽出できる第壱部隊【洗浄班】・消毒薬を体内で生成できる第弐部隊【消毒班】・滅菌のスペシャリスト集団である第参部隊【滅菌班】の三部隊で構成されるエリート集団だ。

  え? 私が誰かって?
 コホン。改めましてこんにちは。
 わたくしイーオ・オキサイドは清浄処理部隊第弐部隊の見習い隊員の一人で、目下消毒について勉強中のへなちょこ新人です。

  そしていま、長尺で語ったこの情報の全ては、私がデブリスに襲われていたところを救ってくれた隊長・エチルさんから薄っすらと習ったお話。
 私自身は第弐部隊以外の隊員にはまだお目にかかったことがないし、異能についてもよく分かっていない。

 なぜなら、私がこの世界の住人ではなく異世界転移者だから。
 ここは私がいた世界にそっくりだけど、実際に生活してみると亜人や獣人が居たりして全然勝手が違う世界だ。

  色々なタイプの種族が共生はしているけれど、能力がない非力なただの人間には大変なことが多い。
 毎日が失敗と発見の連続で凹むことも多々ある。

 実は私、元の世界では未知のウイルスに罹患して死ぬ直前だったの。
  最期の力を振り絞って置き配で届いた消毒スプレーを手にした瞬間、まばゆい光とともにこの異世界に転移したのよ。

  中学生の時に病魔に蝕まれてからは家族からも見放され、非対面行動を政府に強要されて孤立無援の引きこもりだった私。
 このウロング・サイド・アースで空気を吸っても肺が痛くないことに気づいた時には、驚きすぎて泣いてしまった。

 酸素マスクもしないで自由に外出ができる健康な身体を手に入れたという点では、この世界はとても魅力的に映ったし、第二の人生を謳歌しようと決意させてくれたのよ。

 だけど一つだけ、この世界の人たちに秘密にしていることがある。
 それは、異能だと思われている【私の能力】が本当は・・・。

 ♢

  私が働く大学病院内にある滅菌消毒室にけたたましい警報音が鳴り響き、一瞬にして室内に緊張感が走った。

「クソ、なんでこんな時に限って緊急出動・・・!」

  第弐部隊【消毒班】副隊長のポピさんは、自慢の薄紫色の長髪を掻きむしり苦悩の色を浮かべた。
 苛立つのも無理はない。 いま現在ここに居るメンバーは、役に立たない見習いの私とポピさんだけ。

 私はポピさんの顏色を伺いながら切り出した。

「あの、エチルさんやジアさんやウルさんはどこに行ったんですか?」

「別件でそれぞれ緊急出動していて帰還は未明ゾヨ。」

「それは、つまり・・・。」

「おめでとう、新人。 初出動決定ゾヨ。」

「ッ・・・エエエーーー⁉」

  死刑宣告を言い渡す看守みたいなポピさんの声が、頭の中でリフレインする。
  私は無意識に腰から下げているウエストバックを上から押さえた。

「さあ、早く準備するゾヨ!」

「スミマセン!」

 短気なポピさんに尻を蹴とばされた私は、慌てて棚の上の防護エプロンの箱に背伸びをして手を伸ばした。
 自信がなくても初出動でも、動かなくてはここでは生きていけない。

 この滅菌消毒室で働くにあたって、私が最初に覚えたことは【考える前に行動する】ということ。
 ここはコンプライアンスなんてお構いなしの、かなりのブラックな職場なのだ。

  でも右も左も分からない異世界出身の私がなんとかやっていけるのは、ここで働かせてもらっているおかげ。
 どんなにポピさんに煙たがられようが、私は彼の長い脚にしがみついてでも現場に向かわなきゃならないのよ!

  ポピさんはスラリとした身体に防護服とゴーグルとグローブを次々に身につけていく。 防備を身につける順番を思い出しながら焦って着替えている私を、準備万端のポピさんが上から下までジロリと見下ろした。

「ちなみにお前の異能はエタノール噴射だったか? エチルみたいなもん?」

 ギクッ!

 私は着替えの手を止めた。

 私を異能者と認めて拾ってきたのは隊長のエチルさんで、他の隊員の人たちは私の能力を見たことがないのだ。 まあでも、これが能力と自信を持って呼べるのかは微妙なんだよね・・・。

 深呼吸した私は、薄ら笑いを浮かべながら頭をかいた。

「いえいえ、私めの能力などエチルさんの足元にも及びません! みなさんのようにデブリスとの正面対決は無理なので、予防や奇襲向きの能力なのかなと…。」

「マジかよ。まあ、最初から頼りにはしてねーけどな。 デブリスが集合体になると厄介だから、分散させるくらいの囮にはなってくれゾヨ。」

「ハイ、精一杯やらせていただきます!」

 せめて誠意だけは見せたくて、私は元気に返事をした。  

 ♢

 この世界は昼でもガスに覆われていて、スカッと晴れているのを見たことがない。
 それは意思を持ったウイルスが世界を侵略し、それに共鳴したデブリスの身体から出る汚染されたガスが自然の力で浄化しきれないからだという。

 もし、清浄部隊が使命を全うできたら、この世界の空はどんな色をしているんだろう。

「早く出すゾヨ!」

 緊急車両の助手席で足を組んでふんぞり返ってるポピさんに急かされ、私は慌てて運転席に乗りエンジンをかけた。
 デブリスの発生地点までは緊急車両のジープにサイレンを鳴らし、赤色灯を回して向かっている。

  車の性能や道路事情は私の知る世界とほぼ一緒だけど、デブリスが繁殖すると混沌化が進みコンクリートは荒野になってしまうのが難点なのだ。
  道なき道を走るために極太オフロードタイヤの搭載は必須で、車高を高く上げたダンプ車のような大型ジープで荒野を走るのは実に爽快だった。

 ちなみに私は自分の世界では中学生だったけど、車の運転試験に年齢制限の無いこの世界では運転免許保持者だ。

 隔離されていた時にカートゲームをやりこんでいたのが功を奏したのよね w

 デコボコの道にも速度を落とさずに車をガタガタ揺らして走らせていると、助手席のポピさんが酔ったように青い顔をして額に手を当てていた。

「もう少し優しく運転するゾヨ・・・。」

  いつも滅菌消毒室でさんざん怒鳴られているから、ちょっとだけいい気味だわ。

 テヘペロ!

 やがて砂塵が舞う荒野に灰のようなものを巻き上げる黒い影が見えた。
  人間の三倍はあるだろう、巨大な黒い物体。 初めてこの世界に転移したときに、突然襲われた記憶がフラッシュバックする。

  ブレーキを踏んだ私は、ギアをパーキングに入れてゴクリと生唾を飲み込んだ。

「ポピさん、アレがデ・ブ・リ・ス・ですよね・・・。」

 今にも吐きそうになっていたはずのポピさんは、もう車のドアを開けて外に出ていた。 臭い突風がポピさんの長髪を揺らしてデブリスの急接近を暗示している。

 「そうだ。あれが消毒対象物ゾヨ。」

  私も車の外に転がるように出ながら、ポピさんの背中と眼前に迫ってくる巨大なデブリスを見比べた。
  女性と見まごうような中性的な体型のポピさんは、デブリスに対抗できそうには見えない。

 「助けてくれ、清浄処理部隊!」

 私たちに気づいた男女二人が、傾いた黒塗りの車の横で大きく手を振っている。
 乗っていた車がデブリスに破壊されて脱輪した要救助者のようだ。

「清浄処理第弐部隊、消毒班・ポピ・ヨンヨード参上!」

 ポピさんが格好つけて名乗りを上げている間に、私は二人を誘導して緊急車両の横に避難させた。

「もう大丈夫ですよ。通報をしてくれた方ですか?」

「ったく…。」

 私が優しく声をかけた途端、サングラスをかけた男性が険しい表情で叫んだ。

「高い税金払ってるんだから、もっと早く処理に来てくれよ! 俺の高級車が逝っちまったじゃねぇか!」

 チーン。
 私の笑顔はマイナス零度まで凍りついた。
 助けてもお礼を言われるとは限らないし、むしろ文句を言われるのが当たり前な仕事だ。

「申し訳ございません!」

  要救助者の男性に平謝りしてドローン型の通信機器で保険屋に通信をしてもらってから、私はポピさんのもとに早足で戻った。

(そういえば、私もポピさんが戦うのを見るのは初めてだけど、どうやって消毒(たたかう)するのかな?)

 エチルさんの話では、第一部隊の洗浄班の後に第二部隊である消毒班が切り込むのが定説セオリーだと聞いたことがある。
 が、未だに私の視界には第一部隊の車の影すら見えない。

「作戦はどうしますか? 洗浄班到着まで待機しますか?」

「バカも休み休み言うゾヨ。」

 ポピさんは私の質問を鼻で笑うと長い脚を天高く振り上げた。

「囮になると約束したではないか。」

「え?」

 次の瞬間、恐ろしい脚力でサッカーボールのようにポピさんに蹴られた私は、大砲のようにデブリスに向かって放たれた。

「ギャアアアアーーー‼」

 鬼畜上司のせいで、今世もオワタ‼

 意識が飛ぶ。

  色んなことが走馬灯のように呼び起こされてきて、頭の中はスローモーションの無声映画のように静かになった。 

  ああ、せめて私を助けてくれたエチルさんに恩返ししてから散りたかった…!
 エチルさんの白銀の長髪、陶器のような白い肌、鈴を震わすような美声、狼の耳と尻尾もアクセサリーみたいで素敵だった…。

 人生で初めて尊敬できると思ったあの人に、会ってから死にたかった。

 朦朧とした意識の中で、私はハッキリと自分の目的を思い出した。

(そう、そうよ。 生きる意味を思い出させてくれたエチルさんに恩返しするまで、私は散るわけにはいかないじゃない!)

 空中を弾丸のような速さで垂直に滑空しながら、私は風圧に耐えつつウエストバッグからスプレーボトルを取り出した。

(私は異能力者なんかじゃない。 でも秒で除菌ができる【消毒スプレー】なら持っている!)

  デブリスが飛来してきた私に気づいて咆哮した瞬間、私は思い切りスプレーのトリガーを引いた。

「喰らえ!」

 ♢

 消毒スプレーを黒い巨大な異物にぶちまけた瞬間、ツンとした鼻につく臭いと白い噴煙が辺りに立ち込めた。
 デブリスは巨大な身体を硬直させて、大きく後ろにのけぞった。

『キシャアアア!!』

 デブリスが倒れると、大地が震撼して地響きがそこら中に鳴り響く。
 スプレーの液が直接かかったデブリスの右胴体部分は、溶けるように無くなっていた。

(あの時と同じだ。)

 手ごたえを感じた私は転移した日のことを思い返しながら、地鳴りの振動に耐えていた。

(スプレーの消毒成分が効いたんだ!)

「ッシャア! 新人、よくやったゾヨ!」

  遠くにポピさんの歓声が聞こえても、私は跳ね上がる心臓を抑えるのに必死だった。

(ハァ、何とかなった。それにしても…。)

 緊張が解けるとようやく自然と頬が緩み、顔がニヤケてしまう。
 ウイルスに罹患してから引きこもりの死にかけだった私に、こんなスゴイことができるなんて!

  でも次の瞬間、デブリスのかろうじて原型をとどめていた部分がむくりと起きた。
 アッと気づいた時には、デブリスの半身が猛然と私に襲いかかってきていたの。

 慌ててスプレーの噴射口を向けようとしたけど、汗で滑ったボトルが手から滑り落ちてしまった。
 石にボトルが跳ね返って響く音が虚しい。

(そんな!)

 私の微かな希望を裏切って、デブリスと逆方向にコロコロと転がり続けるボトルは、もはや手に届く範中にはない。
 絶対絶命の瞬間、耳を疑う出来事があった。

『ニンゲン オレ 喰ウ』

(え、デブリスって喋れるの⁉)

 逃げなきゃならない場面なのに、ギョッとした私はその場に固まった。

『オレ 喰ウ』

 眼前に迫るデブリスの醜悪な顔面に全身が鳥肌で覆われる。

(ヤバイ、喰われる! ポピさん助けて・・・!)

 そう思って祈るように遠く離れたポピさんを見たけれど、優雅にこちらに駆け寄るポピさんは、絶対に、絶対に間に合わない!

(やっぱりオワタ・・・‼)

  目をつぶった私は、腕を構えて身を低くした。
  思わず口にした言葉には、自分でも驚いた。

 「エチルさーーーん!」

  その時、疾風が私とデブリスの間を飛来して辺りを揺るがせた。

 「⁉」

  その強烈な風に戸惑ったデブリスが驚いたように進撃を止め、身体が切り裂かれて赤く染まった。

 『オノレ オノレ・・・。』

 消毒液の鼻につく臭いとともに、デブリスが態勢を崩して再び地面に巨体を投げ出す。

 『マタ、ジャマヲスル! オマエカ銀狼‼』

  憎々し気に放った咆哮が、哀しく空へと響いた。

 (何が起こったの?)

 風が止んだので目を凝らして周囲を見ると、狼の耳と尻尾を有する銀髪の青年が私の横に立っていた。
 黒い革手袋をした大きな片手に銀に光る剣を持ち、デブリスに向けて切っ先を向けている。

  私の視線に気づいた涼しげな切れ長の目が、少し悪戯に笑った。

 「新人が居るのに洗浄部隊を待たずにデブリスと戦うなんて。 ポピさんのせっかちで、命が一つ無くなるところだったよ。」

 「エチルさぁん♡」

  その広い胸に抱きつこうとした私の額を掴んで制したエチルさんは、鈴のような声で静かに名乗り上げた。

「清浄処理第弐部隊隊長・エチル・アルコール参上。」

 カッコイイ! 私は彼にアイアンクローを喰らっているけど、カッコイイ!

 私は興奮で鼻息を荒くした。

(私の推しはいつ見てもカンペキに素敵なんです! )

 フッと緊張した面持ちを和らげたエチルさんは、私の頭をなでてくれた。

「でも、キミも頑張ったでヤンスね。」

 あっ… 口を開くと、語尾に【ヤンス】って言うクセが強くて残念だけどね…。

 でも、エチルさんに初めて褒められた! とっても嬉しいわ♪ ワンワン!

 「エチルったら余計なお世話ゾヨ!」

 頬を膨らませたポピさんがようやく私たちの前に駆け寄ってきた。

 「ワシは新人を鍛えるために、わざと辛い試練をあたえたというのにだな…。」

  え、あれが試練だったの?
  私はエチルさんの背中に隠れると、密かに歯を剥きだして顔をしかめた。

「じゃあ、仕上げはポピさんに任せるでヤンス。」
「もちろんゾヨ!」

  ポピさんは動けずにその場で苦しそうな咆哮を上げ続けるデブリスに跨ると、両手を大きく開いて抱きつくような格好になった。

『ナ、何ヲスル? 自ラ餌ニナリニキタノカ 』

 「滅するまで、離さないゾヨ。」

  不敵な笑みを浮かべたポピさんの身体から液体が滲みだしきて、デブリスの身体がドンドン小さくなっていった。

  エグッ! 初めて見たわ、ポピさんの能力。

『ハナセ、カラダガ溶ケル!』

「あと二分。」

 華奢なポピさんのどこにそんな力があるのか、暴れて振り落とそうとするデブリスに彼は全く動じなかった。

『ヤル気ガ・・・出ナイ』

 やがてデブリスも抵抗を止めて、その場にうずくまった。

『ボク、何ヲシタカッタンダッケ?』

 デブリスの声が幼くなり、私の膝くらいの大きさまで縮むと、ようやくポピさんはデブリスから離れた。

「ここまで小さくなれば悪さはできまい。」

 ポピさんはデブリスに背を向け、私たちの方に澄ました顔で歩いてきた。

「ポピさん、お疲れ様です! エグイです!」

 「うむ!もっと褒めるがいいゾヨ。 新人の能力はまだまだだが、修行次第では…。」

  私がはしゃいでポピさんに駆け寄ろうとした時、エチルさんが私を制した。

 「待つでヤンス! ポピ、最後まで・・・。」

 『油断シタナ!』

  一瞬にして増幅した負のエネルギー体が、幼児のようなデブリスから放たれて私たちを襲った。

 「!」

  死を覚悟した時とエチルさんが愛刀を手にデブリスを一刀両断にしたのとは、ほぼ同時だった気がする。

 「私は油断しないでヤンス。」

 「やっぱりエチルさんは最高です!」

 エチルさんに抱きつこうとしてまたもやアイアンクローで制された私は、真っ二つになったデブリスが白く光るのを見た。

  あ・・・!

 「デブリスが種になった!」

 クルミの種のような形状になったデブリスをピンセットで摘み、エチルさんはそれを蓋つきの小瓶に回収した。

 「これでもうしばらくは、人に悪さはできないでヤンス。」

 しばらく?ってことは…。

 「トドメを刺さないと、また復活するということですか?」

  「例え滅菌処理をしたとしてもデブリスを完全に滅することはできない。 様々な悪条件が重なると、また大きな禍になるから、日頃の洗浄や消毒の積み重ねが大事でヤンスよ。」

  私は胸に右手を当てて答えた。

「ハイ!命を守るために‼」

 「ンもーう!」

 ポピさんが長い髪をバサッと後ろに跳ねのけると、むくれた顔でブツブツと呟いている。

 「わざとエチルに華を持たせるために深追いしなかったのに、分かっていないなぁ。」

 ポピさんたら、素直じゃないなぁ。
 でも、異能の消毒の力って本当に強力だわ。

 自分がこんなにスゴイ人たちの部隊にいるんだと思うと嬉しい反面…ちょっと怖い。

  なぜだか私が持つこの消毒スプレーはこの世界には存在していなくて、道具という認識がないからこそ私はこの消毒班の一員として居られるけど、このスプレーの液はいつか底をつく。
  そうしたら、この世界に拾われた私の存在意義はいったいどこに行くの?

 ♢ 

「これにて【消毒完了】でヤンス!」

「撤収撤収! 早く寮に帰ろう。新人、今日のメシは何ゾヨ?」

  もう辺りは真っ赤な夕陽が空を覆っていて、足が速い二人の影に追いつこうと私は自然と小走りになった。

「えっと、確かおイモがたくさんあったから、豚汁かイモグラタンですかね。」

 ポピさんがそれを聞いて、あからさまに嫌な顔をした。

「マカロニの代わりにイモ? そんなのグラタンとは認めないゾヨ。」

「だって、部隊の経費は税金から出ているから、日頃から切り詰めろとジアさんに言われているんです!」

 その時、空からヘリコプターのプロペラが空気を切り裂く音が聞こえてきて、私たちは上を見上げた。

「チョットー!弐番隊が何やってくれちゃったの⁉」

 わわ!あれは誰⁉
 ヘリコプターにはピンク髪の美少女が仁王立ちになっていて、、拡声器を手にこめかみに青筋を浮かべて私たちを怒鳴っている。

「今回はたまたま上手く行ったかもだけどー、洗浄をおろそかにするとバイオフィルムを引き起こすかもしれないんだよー⁉ これは危険な事故インシデントですー!
 会議の議題に出すので、明日までにレポートを提出しなさいッ‼」

「マズイ、壱番隊ゾヨ!」

「コウソはヒステリー起こすと手に負えないでヤンス! ある意味、デブリスよりヤバイでヤンスッ‼」

  慌てた二人はあっという間に車に乗り込み、エチルさんが運転席に座りエンジンをかけたの。

(嘘でしょ・・・エチルさん!)

  私は呆然と走り出す緊急車両を見送った。

(エチルさんが運転できるなんて知らなかった! 推しの新たな魅力、再発見ッ♡)

  だけどすぐに、自分が置かれている状況に気がついて青ざめたの。

「まま、待ってください、私をおいて行かないでーーー!」