『舞。俺の声が聞こえていたら返事をしてくれ』
「声」で気が付くと「月夜城」の中だった。
声をかけていたのは正宗だった。正宗は私を抱きかかえて宙を飛んで、城の中を移動している。正宗にも「妖術のような力」があるのだろうと考えた。遥木さんの姿は見えず、正宗が遥木さんから私を遠ざけていることも分かる。場所も、城の中には変わりないが、先ほどとは違う場所だった。
「正宗? 今のこの状況は?」
私が反応したことで少し安心したように言う。
「意識が戻ったようでよかった」
「え? どのくらい意識が離れていたの?」
「ほんの数十秒だったが、舞にはもっと長く感じたかもしれない」
「私。遥木さんと過ごした時間と記憶の中に居たよ」
「そうか。やはりな」
正宗は私を安心させるように、落ち着いた口調で今の状況を説明する。
「あのままだと舞が危険かもしれないと考えて、お前を連れてあの場を離れたんだ。月読はお前をこの城に取り込むつもりのようだな。何とか、この月夜城を出ていかないとな。ただ、やはり簡単に逃してはくれないようだ。城の中に「まやかし」があって出口が分からない。少し時間がかかるかもしれない」
正宗の説明で私も今の状況が分かった。
「彼は? 遥木さんは?」
正宗は「やつを忘れるんだ。舞」と言った。
その声に、少しの厳しさが籠められていた。
「月読は、お前の中の「亡くなった愛しい人」になると聞く。その姿や存在は人によって変わるのだろう。そういう性質の「存在」なんだ」
「それは「偽物」ってことなの?」
偽物ならば、正宗の言う通りにここから抜け出そうと思った。ただ、私のその言葉に正宗は「いや」と少し返答に困るように説明する。
「本物だ。舞の愛しい人でありながら「月読」なんだ。人間の舞には理解に苦しむかもしれないが、故人の魂と月読は同化している。月読は「黄泉の国の神」なんだ。亡くなった存在を、魂と記憶を内包している」
私は正宗のことも気になっていた。
「ねえ。聞かせて。正宗は何者なの? この状況で私を守ろうとしているのは何故なの? 私との繋がりどういうものになるの? それが分からないと私も正宗のことを信じることが出来ないよ。だから教えてほしい」
正宗はその言葉に黙る。言い淀む。
「答えられないのは何故? 何かやましいことがあるの?」
その私の質問に、正宗は慌てて疑惑を否定する。
「やましいことはないが、あまり自分から主張することも違うような気がした。言い出しにくかっただけだ。だが、それでお前が不安になるようでは駄目だよな。俺はお前の「守護者」だよ。古臭い言い方だと「守り神」と言っていい」
「私の守り神? 本当に?」
思い当たる節もなかった私に正宗は話を続ける。
「急に聞かされてもピンと来ないよな。だけど、俺はお前のことを見守っていたんだ。本当は一生、俺の姿を見せないつもりだった。だが、このままだと危ないと思ってこうして姿を現したんだよ」
正宗は補足するように話す。
「俺は、お前の母親と繋がりがあった存在なんだ」
正宗のその言葉に私は驚き、黙って考える。
〈今まで、私は母と繋がりのあった人とほとんど会ったことがない〉
* * * * *
「父と母の記憶」は私にはない。
父が悪い男で、母のもとから逃げて、母は一人で私を産んだと聞いた。その母は私が1歳の頃に亡くなったと聞いた。一番古い記憶は、祖父母の家に居た記憶。過去に父と母について祖父に聞こうと思ったことはある。けれど、祖父はその話題に何も答えなかった。それで「聞いてはいけないのだろう」と子供ながらに感じ取り、私は父と母について祖父母に聞くことを避けた。
子供の頃。それで悩んでいた時期もある。
母という存在が居ないこと。祖父母の家に残された古い写真アルバムの中、母の写真を見て「どんな人だったのだろうか?」と考えたりもした。父親も母親も居ないことが、子供の頃のコンプレックスだった。それを知った周りの大人の反応を見て「私は可哀想なんじゃないか」と思ったこともある。
みんなが「当たり前」のように持っているものを私は持っていないと感じた。だけど、高校生くらいになると「祖父母が私を愛してくれた」と自覚して、そのコンプレックスは薄れた。少しずつ大人になっていくに従って、祖父母の愛が分かって「私は可哀想なんかじゃない」と思うようになった。
* * * * *
城の中。正宗は私を抱きかかえて出口を探して飛び回る。
「しばらく移動したが、同じところをぐるぐる回っているような感覚があるな。月読はこの城を自在に操って、変化させられるのかもしれない。やつが俺たちを追ってこないのも、ここから逃げられないと分かっているからなのかもな」
『ああ。その通りだよ。ご名答だ』
遥木さんの声がする。目の前の景色が歪んだ。
気付くと先程と同じ場所で、同じように遥木さんが立っていた。正宗は「嫌なやつだ」と言って、飛ぶことを止める。私は正宗の手を離れて月夜城の床に立つ。
「舞。俺のもとから去っていくのかい?」
遥木さんの私に向けた声や表情は、正宗に対する冷たいものではなく、優しく、困ったようなものだった。話し方も表情も、眼差しも生前の遥木さんと何も変わらない。私は先程、正宗に聞いた言葉をもう一度、遥木さん自身に聞いてみる。
「教えて。あなたは遥木さんなの?」
彼自身の言葉でそれが知りたかったから。
遥木さんは「ああ、そうだよ」と私に微笑んだ。
「俺は「中園遥木」だよ。そして、これは月夜城の見せる「優しい夢」なんだ。あの日のように幸せが音を立てて崩れて壊れることもない。現実は、太陽の光の残酷さは、俺も舞も思い知っている。ここは残酷な現実を見せない。ここは、君を傷つけることのない「月明かりの世界」なんだ」
「声」で気が付くと「月夜城」の中だった。
声をかけていたのは正宗だった。正宗は私を抱きかかえて宙を飛んで、城の中を移動している。正宗にも「妖術のような力」があるのだろうと考えた。遥木さんの姿は見えず、正宗が遥木さんから私を遠ざけていることも分かる。場所も、城の中には変わりないが、先ほどとは違う場所だった。
「正宗? 今のこの状況は?」
私が反応したことで少し安心したように言う。
「意識が戻ったようでよかった」
「え? どのくらい意識が離れていたの?」
「ほんの数十秒だったが、舞にはもっと長く感じたかもしれない」
「私。遥木さんと過ごした時間と記憶の中に居たよ」
「そうか。やはりな」
正宗は私を安心させるように、落ち着いた口調で今の状況を説明する。
「あのままだと舞が危険かもしれないと考えて、お前を連れてあの場を離れたんだ。月読はお前をこの城に取り込むつもりのようだな。何とか、この月夜城を出ていかないとな。ただ、やはり簡単に逃してはくれないようだ。城の中に「まやかし」があって出口が分からない。少し時間がかかるかもしれない」
正宗の説明で私も今の状況が分かった。
「彼は? 遥木さんは?」
正宗は「やつを忘れるんだ。舞」と言った。
その声に、少しの厳しさが籠められていた。
「月読は、お前の中の「亡くなった愛しい人」になると聞く。その姿や存在は人によって変わるのだろう。そういう性質の「存在」なんだ」
「それは「偽物」ってことなの?」
偽物ならば、正宗の言う通りにここから抜け出そうと思った。ただ、私のその言葉に正宗は「いや」と少し返答に困るように説明する。
「本物だ。舞の愛しい人でありながら「月読」なんだ。人間の舞には理解に苦しむかもしれないが、故人の魂と月読は同化している。月読は「黄泉の国の神」なんだ。亡くなった存在を、魂と記憶を内包している」
私は正宗のことも気になっていた。
「ねえ。聞かせて。正宗は何者なの? この状況で私を守ろうとしているのは何故なの? 私との繋がりどういうものになるの? それが分からないと私も正宗のことを信じることが出来ないよ。だから教えてほしい」
正宗はその言葉に黙る。言い淀む。
「答えられないのは何故? 何かやましいことがあるの?」
その私の質問に、正宗は慌てて疑惑を否定する。
「やましいことはないが、あまり自分から主張することも違うような気がした。言い出しにくかっただけだ。だが、それでお前が不安になるようでは駄目だよな。俺はお前の「守護者」だよ。古臭い言い方だと「守り神」と言っていい」
「私の守り神? 本当に?」
思い当たる節もなかった私に正宗は話を続ける。
「急に聞かされてもピンと来ないよな。だけど、俺はお前のことを見守っていたんだ。本当は一生、俺の姿を見せないつもりだった。だが、このままだと危ないと思ってこうして姿を現したんだよ」
正宗は補足するように話す。
「俺は、お前の母親と繋がりがあった存在なんだ」
正宗のその言葉に私は驚き、黙って考える。
〈今まで、私は母と繋がりのあった人とほとんど会ったことがない〉
* * * * *
「父と母の記憶」は私にはない。
父が悪い男で、母のもとから逃げて、母は一人で私を産んだと聞いた。その母は私が1歳の頃に亡くなったと聞いた。一番古い記憶は、祖父母の家に居た記憶。過去に父と母について祖父に聞こうと思ったことはある。けれど、祖父はその話題に何も答えなかった。それで「聞いてはいけないのだろう」と子供ながらに感じ取り、私は父と母について祖父母に聞くことを避けた。
子供の頃。それで悩んでいた時期もある。
母という存在が居ないこと。祖父母の家に残された古い写真アルバムの中、母の写真を見て「どんな人だったのだろうか?」と考えたりもした。父親も母親も居ないことが、子供の頃のコンプレックスだった。それを知った周りの大人の反応を見て「私は可哀想なんじゃないか」と思ったこともある。
みんなが「当たり前」のように持っているものを私は持っていないと感じた。だけど、高校生くらいになると「祖父母が私を愛してくれた」と自覚して、そのコンプレックスは薄れた。少しずつ大人になっていくに従って、祖父母の愛が分かって「私は可哀想なんかじゃない」と思うようになった。
* * * * *
城の中。正宗は私を抱きかかえて出口を探して飛び回る。
「しばらく移動したが、同じところをぐるぐる回っているような感覚があるな。月読はこの城を自在に操って、変化させられるのかもしれない。やつが俺たちを追ってこないのも、ここから逃げられないと分かっているからなのかもな」
『ああ。その通りだよ。ご名答だ』
遥木さんの声がする。目の前の景色が歪んだ。
気付くと先程と同じ場所で、同じように遥木さんが立っていた。正宗は「嫌なやつだ」と言って、飛ぶことを止める。私は正宗の手を離れて月夜城の床に立つ。
「舞。俺のもとから去っていくのかい?」
遥木さんの私に向けた声や表情は、正宗に対する冷たいものではなく、優しく、困ったようなものだった。話し方も表情も、眼差しも生前の遥木さんと何も変わらない。私は先程、正宗に聞いた言葉をもう一度、遥木さん自身に聞いてみる。
「教えて。あなたは遥木さんなの?」
彼自身の言葉でそれが知りたかったから。
遥木さんは「ああ、そうだよ」と私に微笑んだ。
「俺は「中園遥木」だよ。そして、これは月夜城の見せる「優しい夢」なんだ。あの日のように幸せが音を立てて崩れて壊れることもない。現実は、太陽の光の残酷さは、俺も舞も思い知っている。ここは残酷な現実を見せない。ここは、君を傷つけることのない「月明かりの世界」なんだ」
