「お待たせしました」
「大丈夫だよ。じゃあ行こうか?」
この日は遥木さんとのデート。
駅前。2月のバレンタインデーの前で「バレンタインデー」という文字が街中にも見える。個人的には、企業の商戦の色の濃いイベントだと感じている。
〈去年までバレンタインなんて、どちらかというと苦手なイベントだった。チョコレートをあげたいと思う相手なんて居なかったから〉
いつも、バレンタインデーなんて面倒で嫌いだった。女子にとって結構迷惑でもあるイベントの側面を持っている。でも、今年は私にもチョコレートをあげたい男性が居る。今年は心から遥木さんにあげたいと思う。きっと、喜んでくれるだろう。
でも、直前まで黙っておこうかなと思っていたりする。少し、焦ってくれると嬉しい。そんな焦る彼に、私がさり気なくチョコレート渡したら、彼はどんな顔するだろう? そのリアクションをあれこれ想像すると、少し楽しい。
2月の東京の街を二人で会話しながら歩く。
「中園家は名家と聞きましたが、こんなに自由なんですね?」
家の話になると遥木さんは少し表情が暗くなる。
「実は家はあまり好きじゃないんだ。外出も昔はあれこれ言われたよ。今は俺が好き勝手やっていているだけのことだよ。俺はただ、舞と同じ世界を見ていたいと思う。こうして一緒に歩くだけでも心が満たされる。それと、親とは少し不仲でね。今はこうしていられるけれど、今後はそうはいかない場面も出てくると思う」
「親と何かで喧嘩をしているんですか?」
遥木さんは詳細を語らずに「まあ、色々とね」と言うに留めた。
「「鳥かご」なんだ。自由がない。空を眺めているような、そんな気持ちの日々なんだよ。あの空へ、鳥かごを抜け出せるならと思っている」
遥木さんはそう言って2月の青空へ手を伸ばす。
「この世界を飛び去っていく「羽根」があるとしたなら。おそらくそれは「才能」という「羽根」なんだろうね。この世界を飛び去って、違う世界の空へ行けるような。そんな才能が「羽根」が俺にあると信じたい」
「でも、この前のイルミネーションは凄かったですよ? あれって中園家と中園コーポレーションの出資で行われたんですよね?」
遥木さんはその言葉に少し困ったように笑う。
「あれは、特別というか。舞のために何かしてあげたいなと思って。実は去年の「街路樹のイルミネーション中止」は、色々なところから「何とか今年も開催出来ないんですか?」という声があったんだよ。名目上はその声に応える形で開催したんだ。だから「中園コーポレーション」という文字が分かるように記載されていただろう? 本当は企業名を入れたくなかったんだけどね」
遥木さんが不本意な表情を見せた。私は遥木さんの腕に抱きついて「嬉しかったです。遥木さん」と伝える。それで遥木さんも「まあ、舞が喜んでくれたから良かったよ」とやっと表情を和らげてくれた。
私は顔を上げて遥木さんを見上げて伝える。
「今度は私が、バレンタインデーに遥木さんにチョコを渡します」
結局、バレンタインデーまで黙っていることは出来なかった。そういう駆け引きは私たち二人には必要ないのかも。
遥木さんはようやく笑みを浮かべてくれた。
「俺のことを愛してくれて嬉しいよ。舞」
「ええ。遥木さんのことを想っています」
遥木さんは私のことを抱きしめる。
「ありがとう。その言葉が、どれだけ俺を救ってくれているのか教えたいよ。ネガティブなことばかり言ってごめん。行こうか」
そうして遥木さんは私の一歩前を、先へ歩き出す。
後になって思えば、この時の遥木さんのこの言葉は、既に「終わり」を見ていたのだと感じる。遠くに、終わりが見えていたんだと。ただ、その時の私は「今日の遥木さんは随分とセンチメンタルだな」くらいにしか思えなかった。
* * * * *
二人は「付き合い」を重ねていく。
あの日、告白されてから約1年半。好きな人を愛して、好きな人に愛される。その幸せが、生活の中に組み込まれて「日常」に感じてしまうほどに。
でも、時折「ある日、起きたら部屋の中で一人なのでは」とも思ってしまう時がある。そして「彼の居ない生活の中へ戻っていくのではないか」と。この瞬間を信じられない日が「全てが夢だったのでは」と思う日が、いつかやって来てしまうのではないかと考える。一番恐れることを人は考えてしまう。そんな悪い考えが頭を過ぎるたびに「意味のない悪い考えだ」と首を横に振って、考えないようにする。
夜の自室。明かりを消した部屋の中。寝る前のベッドの中で、スマホを手に、遥木さん宛にアプリで〈今、何していますか?〉とメッセージを送った。光っている画面を見ていると、すぐに既読が付いて返信が返ってくる。
〈俺も舞に連絡しようか考えていたよ〉
〈同じこと考えていたんですね。じゃあメッセージで〉
毛布に包まりながらスマホでメッセージのやり取り。そのうちにお互いに名残惜しくて、辞め時を逃してしまって、日付も変わろうとしている深夜の0時前。そろそろ、お互いに寝ないといけない。
遥木さんの〈会いたいな〉に返すメッセージ。
〈私も会いたいです。でも、今日はもうおやすみなさい〉
「大丈夫だよ。じゃあ行こうか?」
この日は遥木さんとのデート。
駅前。2月のバレンタインデーの前で「バレンタインデー」という文字が街中にも見える。個人的には、企業の商戦の色の濃いイベントだと感じている。
〈去年までバレンタインなんて、どちらかというと苦手なイベントだった。チョコレートをあげたいと思う相手なんて居なかったから〉
いつも、バレンタインデーなんて面倒で嫌いだった。女子にとって結構迷惑でもあるイベントの側面を持っている。でも、今年は私にもチョコレートをあげたい男性が居る。今年は心から遥木さんにあげたいと思う。きっと、喜んでくれるだろう。
でも、直前まで黙っておこうかなと思っていたりする。少し、焦ってくれると嬉しい。そんな焦る彼に、私がさり気なくチョコレート渡したら、彼はどんな顔するだろう? そのリアクションをあれこれ想像すると、少し楽しい。
2月の東京の街を二人で会話しながら歩く。
「中園家は名家と聞きましたが、こんなに自由なんですね?」
家の話になると遥木さんは少し表情が暗くなる。
「実は家はあまり好きじゃないんだ。外出も昔はあれこれ言われたよ。今は俺が好き勝手やっていているだけのことだよ。俺はただ、舞と同じ世界を見ていたいと思う。こうして一緒に歩くだけでも心が満たされる。それと、親とは少し不仲でね。今はこうしていられるけれど、今後はそうはいかない場面も出てくると思う」
「親と何かで喧嘩をしているんですか?」
遥木さんは詳細を語らずに「まあ、色々とね」と言うに留めた。
「「鳥かご」なんだ。自由がない。空を眺めているような、そんな気持ちの日々なんだよ。あの空へ、鳥かごを抜け出せるならと思っている」
遥木さんはそう言って2月の青空へ手を伸ばす。
「この世界を飛び去っていく「羽根」があるとしたなら。おそらくそれは「才能」という「羽根」なんだろうね。この世界を飛び去って、違う世界の空へ行けるような。そんな才能が「羽根」が俺にあると信じたい」
「でも、この前のイルミネーションは凄かったですよ? あれって中園家と中園コーポレーションの出資で行われたんですよね?」
遥木さんはその言葉に少し困ったように笑う。
「あれは、特別というか。舞のために何かしてあげたいなと思って。実は去年の「街路樹のイルミネーション中止」は、色々なところから「何とか今年も開催出来ないんですか?」という声があったんだよ。名目上はその声に応える形で開催したんだ。だから「中園コーポレーション」という文字が分かるように記載されていただろう? 本当は企業名を入れたくなかったんだけどね」
遥木さんが不本意な表情を見せた。私は遥木さんの腕に抱きついて「嬉しかったです。遥木さん」と伝える。それで遥木さんも「まあ、舞が喜んでくれたから良かったよ」とやっと表情を和らげてくれた。
私は顔を上げて遥木さんを見上げて伝える。
「今度は私が、バレンタインデーに遥木さんにチョコを渡します」
結局、バレンタインデーまで黙っていることは出来なかった。そういう駆け引きは私たち二人には必要ないのかも。
遥木さんはようやく笑みを浮かべてくれた。
「俺のことを愛してくれて嬉しいよ。舞」
「ええ。遥木さんのことを想っています」
遥木さんは私のことを抱きしめる。
「ありがとう。その言葉が、どれだけ俺を救ってくれているのか教えたいよ。ネガティブなことばかり言ってごめん。行こうか」
そうして遥木さんは私の一歩前を、先へ歩き出す。
後になって思えば、この時の遥木さんのこの言葉は、既に「終わり」を見ていたのだと感じる。遠くに、終わりが見えていたんだと。ただ、その時の私は「今日の遥木さんは随分とセンチメンタルだな」くらいにしか思えなかった。
* * * * *
二人は「付き合い」を重ねていく。
あの日、告白されてから約1年半。好きな人を愛して、好きな人に愛される。その幸せが、生活の中に組み込まれて「日常」に感じてしまうほどに。
でも、時折「ある日、起きたら部屋の中で一人なのでは」とも思ってしまう時がある。そして「彼の居ない生活の中へ戻っていくのではないか」と。この瞬間を信じられない日が「全てが夢だったのでは」と思う日が、いつかやって来てしまうのではないかと考える。一番恐れることを人は考えてしまう。そんな悪い考えが頭を過ぎるたびに「意味のない悪い考えだ」と首を横に振って、考えないようにする。
夜の自室。明かりを消した部屋の中。寝る前のベッドの中で、スマホを手に、遥木さん宛にアプリで〈今、何していますか?〉とメッセージを送った。光っている画面を見ていると、すぐに既読が付いて返信が返ってくる。
〈俺も舞に連絡しようか考えていたよ〉
〈同じこと考えていたんですね。じゃあメッセージで〉
毛布に包まりながらスマホでメッセージのやり取り。そのうちにお互いに名残惜しくて、辞め時を逃してしまって、日付も変わろうとしている深夜の0時前。そろそろ、お互いに寝ないといけない。
遥木さんの〈会いたいな〉に返すメッセージ。
〈私も会いたいです。でも、今日はもうおやすみなさい〉
