賃貸アパートの一室。ワンルームの私の部屋。
「私たちの関係性は、どういうものになるんだろう?」
淡い橙色のカーペット、木製のベッド。ローテーブル。私の部屋は、服やらコスメやらも置かれて少し散らかっている「普通の女子大生」の部屋。シャワーも浴びて髪も乾かした夜10時。私はベッドに寝転がって独り言を呟く。
「君は俺にとって特別なモデルなんだ。か」
「特別なモデル」と言われて嫌な気持ちはなかった。
彼の描く絵画のモデルになれるのなら、そこに嬉しさはあった。
「でも、それ以上を求めているのかな? 彼は。その時、私はどう答えるんだろう? 画家とモデルとしても、恋人としても、今の状況は「どっち付かず」な感じでもやもやする。今の二人に答えを出したいと思う」
あれからの私たち。何度も会って絵のモデルを引き受けたり。その後にお茶をしたりすることもあった。あるいは単純に水族館へ行くというようなデートもしている。遥木さんが私のことを好きなことは伝わっている。
遥木さんが「中園家」の御曹司だと知って驚いた。
もっとも、遥木さんは中園家の御曹司であることを自慢したりすることは一切なかった。むしろ、本人はそのことを他人に隠すような素振りをすることもあった。聞いてみると「自分の成果が親や家の影響によるものだと思われたくないんだ」ということだった。それ以上詳しいことは聞かなかったのは、彼がその話題を避けたがっていたから。だから、詳しいことはよく知らなかった。
今。付き合っているのかよく分からない。お互いに好意を持って意識している。何度もデートしているけれど。言葉にして「付き合っている」と言えるのか微妙な感じ。重みがまだない。告白も約束もないからだ。
〈遥木さんも実際のところはどうなんだろう?〉
幸せな日々の中に潜む僅かな不安。
〈誰にでも同じことを言っているんじゃないかな。本当の気持ちが伝わる瞬間があればいいのに。そうしたら答えが出るんじゃないかと思うけれど〉
そんなことを考えながらラジオで古い名曲を聴く夜。恋についての切ない名曲が流れていた。その曲は心に響き、夜に遥木さんのことを考えていた。ベッドの中で〈これは恋なのかな?〉と自分自身に聞いていた。
切なく、甘く、独りも寂しくて。ただ夜が更けていく。
* * * * *
12月の東京。午後7時。空気が冷たい。
冬服の私は、駅でコート姿の遥木さんと待ち合わせた。
「今年も寒くなりましたね」
そう言いながら駅を出ると、駅前の道の街路樹が幻想的なイルミネーションで飾り付けられていた。私はそれを見て「綺麗」と言っていた。まるで光のカーテンの中に居るかのように、綺麗なクリアブルーの光が夜に輝いている。
「君と見られて嬉しいよ」
不意に、あることを思い出す。
「でも、あれ? これって?」
先日、ラジオで流れていたニュース内容を思い出す。
「ラジオで「今年の開催は見送る」って言われていた記憶があるんですが?」
私のよく聞く夜のラジオ。その中で「今年の駅前のイルミネーションは中止になりました」と言っていたような。それを「残念だな」と思って聞いていた。そのことは、日中の忙しさで今まで忘れていたけれど、確かにそう言っていた。記憶違いかな? と不思議に思っていると遥木さんが話す。
「君だけのために用意したんだ」
遥木さんのその言葉に驚いた。
「私だけのために? え? これをですか?」
言っていることの規模が大きすぎてすぐには信じられなかった。
「ああ。無理を言って一夜だけでも開催してほしいってね。お金は少しかかってしまったけれど、君の笑顔が見られて嬉しいよ」
さらっと言っているけれど「とんでもないこと」だった。イルミネーションをよく見てみると「中園コーポレーション」との記載があって事実だと知る。
「これが私だけのために?」
「ああ。君に俺の想いを伝えるために」
遥木さんは私の手を取って跪いた。
「俺は君を愛してしまった。その想いを隠すこともしたくない」
遥木さんはそう言った後、跪いたまま私を見る。
「俺は「俺のエデン」を探している。君とそこに行けたら嬉しい」
遥木さんがコートのポケットから取り出した小箱。それを開くと「白詰草」で出来た草の指輪があった。草と花で出来たその白詰草の指輪は、少し不器用な彼が作ったことが分かる指輪だった。彼はそれを私の指にはめる。
「今は本物の指輪は贈れない。だから、この「白詰草」の指輪を君に渡すよ。タクティクスな恋の駆け引きもいいけれど、今の俺は駆け引きなんてしない。愛の前に、君の前に跪く。どうか、俺のこの気持ちを受け取って欲しい。君を、君だけを愛することを、この俺に約束させてほしい」
彼に告白に、私は思わず涙がこみ上げる。
〈嬉しい。私をこんなにも想ってくれていることが〉
感涙の目で遥木さんを見つめていると、彼が、甘く溶けるようなキスを私にする。私は拒むことはしなかった。キスをして、再び見つめ合って、照れて顔を背ける。でも、もう一度顔を合わせて、もう一度確かめるようにキスをする。その時、私は彼に恋をしていることがはっきりと分かった。
「遥木さん。あなたが好き」
冷たい夜の風。遥木さんは私を包み込むように抱きしめる。
〈警官になれなかったけれど、あなたに会えたことが嬉しい〉
子供の頃に描いた夢とは違うけれど、この胸を震わせる「幸せ」に触れた。それが何よりもこの胸を切なくさせた。白詰草の指輪は数日で萎びてしまったが、私は捨てられずに、指輪を「押し花の栞」にした。
あの約束を、ずっと大切に取っておきたくて。
「私たちの関係性は、どういうものになるんだろう?」
淡い橙色のカーペット、木製のベッド。ローテーブル。私の部屋は、服やらコスメやらも置かれて少し散らかっている「普通の女子大生」の部屋。シャワーも浴びて髪も乾かした夜10時。私はベッドに寝転がって独り言を呟く。
「君は俺にとって特別なモデルなんだ。か」
「特別なモデル」と言われて嫌な気持ちはなかった。
彼の描く絵画のモデルになれるのなら、そこに嬉しさはあった。
「でも、それ以上を求めているのかな? 彼は。その時、私はどう答えるんだろう? 画家とモデルとしても、恋人としても、今の状況は「どっち付かず」な感じでもやもやする。今の二人に答えを出したいと思う」
あれからの私たち。何度も会って絵のモデルを引き受けたり。その後にお茶をしたりすることもあった。あるいは単純に水族館へ行くというようなデートもしている。遥木さんが私のことを好きなことは伝わっている。
遥木さんが「中園家」の御曹司だと知って驚いた。
もっとも、遥木さんは中園家の御曹司であることを自慢したりすることは一切なかった。むしろ、本人はそのことを他人に隠すような素振りをすることもあった。聞いてみると「自分の成果が親や家の影響によるものだと思われたくないんだ」ということだった。それ以上詳しいことは聞かなかったのは、彼がその話題を避けたがっていたから。だから、詳しいことはよく知らなかった。
今。付き合っているのかよく分からない。お互いに好意を持って意識している。何度もデートしているけれど。言葉にして「付き合っている」と言えるのか微妙な感じ。重みがまだない。告白も約束もないからだ。
〈遥木さんも実際のところはどうなんだろう?〉
幸せな日々の中に潜む僅かな不安。
〈誰にでも同じことを言っているんじゃないかな。本当の気持ちが伝わる瞬間があればいいのに。そうしたら答えが出るんじゃないかと思うけれど〉
そんなことを考えながらラジオで古い名曲を聴く夜。恋についての切ない名曲が流れていた。その曲は心に響き、夜に遥木さんのことを考えていた。ベッドの中で〈これは恋なのかな?〉と自分自身に聞いていた。
切なく、甘く、独りも寂しくて。ただ夜が更けていく。
* * * * *
12月の東京。午後7時。空気が冷たい。
冬服の私は、駅でコート姿の遥木さんと待ち合わせた。
「今年も寒くなりましたね」
そう言いながら駅を出ると、駅前の道の街路樹が幻想的なイルミネーションで飾り付けられていた。私はそれを見て「綺麗」と言っていた。まるで光のカーテンの中に居るかのように、綺麗なクリアブルーの光が夜に輝いている。
「君と見られて嬉しいよ」
不意に、あることを思い出す。
「でも、あれ? これって?」
先日、ラジオで流れていたニュース内容を思い出す。
「ラジオで「今年の開催は見送る」って言われていた記憶があるんですが?」
私のよく聞く夜のラジオ。その中で「今年の駅前のイルミネーションは中止になりました」と言っていたような。それを「残念だな」と思って聞いていた。そのことは、日中の忙しさで今まで忘れていたけれど、確かにそう言っていた。記憶違いかな? と不思議に思っていると遥木さんが話す。
「君だけのために用意したんだ」
遥木さんのその言葉に驚いた。
「私だけのために? え? これをですか?」
言っていることの規模が大きすぎてすぐには信じられなかった。
「ああ。無理を言って一夜だけでも開催してほしいってね。お金は少しかかってしまったけれど、君の笑顔が見られて嬉しいよ」
さらっと言っているけれど「とんでもないこと」だった。イルミネーションをよく見てみると「中園コーポレーション」との記載があって事実だと知る。
「これが私だけのために?」
「ああ。君に俺の想いを伝えるために」
遥木さんは私の手を取って跪いた。
「俺は君を愛してしまった。その想いを隠すこともしたくない」
遥木さんはそう言った後、跪いたまま私を見る。
「俺は「俺のエデン」を探している。君とそこに行けたら嬉しい」
遥木さんがコートのポケットから取り出した小箱。それを開くと「白詰草」で出来た草の指輪があった。草と花で出来たその白詰草の指輪は、少し不器用な彼が作ったことが分かる指輪だった。彼はそれを私の指にはめる。
「今は本物の指輪は贈れない。だから、この「白詰草」の指輪を君に渡すよ。タクティクスな恋の駆け引きもいいけれど、今の俺は駆け引きなんてしない。愛の前に、君の前に跪く。どうか、俺のこの気持ちを受け取って欲しい。君を、君だけを愛することを、この俺に約束させてほしい」
彼に告白に、私は思わず涙がこみ上げる。
〈嬉しい。私をこんなにも想ってくれていることが〉
感涙の目で遥木さんを見つめていると、彼が、甘く溶けるようなキスを私にする。私は拒むことはしなかった。キスをして、再び見つめ合って、照れて顔を背ける。でも、もう一度顔を合わせて、もう一度確かめるようにキスをする。その時、私は彼に恋をしていることがはっきりと分かった。
「遥木さん。あなたが好き」
冷たい夜の風。遥木さんは私を包み込むように抱きしめる。
〈警官になれなかったけれど、あなたに会えたことが嬉しい〉
子供の頃に描いた夢とは違うけれど、この胸を震わせる「幸せ」に触れた。それが何よりもこの胸を切なくさせた。白詰草の指輪は数日で萎びてしまったが、私は捨てられずに、指輪を「押し花の栞」にした。
あの約束を、ずっと大切に取っておきたくて。
