〈道案内をしてくれるなら今は付いて行くか〉
ここを抜け出すかどうかは別にして、彼が出口を教えてくれるなら、その位置を把握しておきたいと思った。ただ、先を歩いている正宗は何度も立ち止まって、周囲の様子を確認したり、仕切りに歩いた道を確認している。その時の彼の自信がなさそうな困った表情。それを見て私は状況を察した。
「ねえ。もしかして迷っている?」
私の指摘に正宗は苦い表情を浮かべて髪をかいた。
「さっき来た道を戻っていたはずなんだがな。どうやらこの城は歩くたびに構造が変化しているみたいだ。厄介だな」
「さっきの言葉の割に随分と頼りないね」
私の言葉に正宗は「むっ」と不機嫌そうな表情になる。
「仕方ないだろ。俺はこの城の存在じゃないんだから。お前がここに入っていくのを見て「危ない」と思って慌てて俺も城へ入ったんだ。そもそも、お前が迂闊にこんな城に入ったことが問題だ。危機管理がなっていない」
親みたいな言い草に私も「むっ」とする。
「別に頼んでないじゃん。正宗は私の「何」なの?」
その問いに正宗は黙る。私への声のかけ方等から「正宗は私のことを知っている」と感じた。私は会ったことがないけれど、正宗はもしかして私を知っていた? でも繋がりが見えない。あるいは、さっき言った言葉は本当は嘘だとしたなら? 油断させて、隙を見せたら何かしてくるのではないだろうか?
「ねえ。本当は何か悪いことを企んでいる?」
多少の疑心から私がそう聞くと正宗は少し怒る。
「お前のことを思ってやっていることにその言い草はないだろ?」
「あのさ。さっきも言ったんだけど「別に頼んでない」から。もう私一人で行くから、正宗は付いてこなくてもいいよ」
「そういうわけにはいかない」
「何で? 詳しい説明もなく「私のためだ」なんて言って勝手に色々決められるの、好きじゃない。親切の押し売りは嫌い」
些細なことで口喧嘩をしてお互いに黙る。
そんな時に城の奥から「声」が聞こえた。
『舞。俺を追ってここに来てくれたんだね』
声の方向を見ると、闇の中から「彼」の姿が浮かび上がってくる。
「遥木さん!」
それは紛れもなく遥木さんだった。漆黒の黒髪。スーツ姿、あの頃のままの姿で遥木さんが目の前に微笑んで立っている。凛として知性的な佇まい。見間違えることがない。黒髪の奥、怖く見えるけれど微笑む時は優しく崩れる目元。忘れたくても、忘れられぬ、私が愛していたその人だ。
私は思わず、目が涙で滲んだ。
「舞。俺も会いたかった」
彼のもとへ駆け寄ろうとしたところを正宗に止められる。
「離して。私は遥木さんのもとへ行きたい」
「そうはいかない。あれは「生きていない」とお前にだって分かるはずだ」
確かに私は遥木さんが亡くなっていることを知っている。だから、目の前に現れた遥木さんが「生きていないかも」とも思う。
「でも、それは私にとって「どうでもいいこと」なの」
正宗が驚き「そんなわけがないだろ?」と言っても、それは私の本心だった。
「遥木さんがこうして目の前にもう一度現れて分かった。たとえ、生きていないとしてもいい。私は彼のもとへ行きたいと今でも願っている」
「いや、駄目だ。生きているお前が生きていないあいつに関わると、心に悪影響が出てくる。俺はお前をあいつのもとへ簡単には行かせない」
正宗が再開を遮るように私の手を掴み、彼のもとへ歩ませなかった。遥木さんはその正宗に向けて冷たい視線を向けて話しかける。
「君は何故、私と舞の再開を邪魔する?」
「色々と聞きたいのはこっちの方だ」
正宗は遥木さんに逆に質問をしていく。
「何者か知らないが、何故この子に興味を示してその姿になる? この子に害をなすというのなら見逃せない。この子を守るために俺が相手になる」
正宗の言葉は分からないことばかりだ。
〈正宗は何故、私を守ろうとするのだろうか?〉
遥木さんは「一応、分かりやすく名乗っておこう」と言った。
「私は「月読」この月夜城の主だ」
その言葉に私が思わず呟く。
「月読? 遥木さんじゃないの?」
「いや、同時に中園遥木であるんだよ。舞」
遥木さんはそう言って優しい眼差しを私に向ける。
「舞なら、俺が「中園遥木」であることが分かるはずだ。同化、と言えば分かるかもしれない。私は、その彼と同化して君の前に現れているんだ。だから、偽物ではないんだよ。記憶も思いも、思い出も覚えているよ」
正宗が「月読か」と言った。
「聞いたことはある。月読は「月明かりの魔力」を持ってその人の「大切な故人」になると。それでお前はその姿なのか。ここはお前の拠点の「月」か。そう考えればいくつかの謎も解けていくな。だが、この子はまだ生きている。人の子は人の世界で生きていかなければいけない。地球へ通じる出口を教えろ」
そう言った正宗に遥木さんは冷たい声で話す。
「お前は少しは黙ることだな。俺は舞と話したいんだよ」
遥木さんは正宗を無視して、スーツの胸ポケットから「小さい何か」を取り出す。それを私に見せながら優しい声で話す。
「覚えている? この名刺。俺が舞と初めて会った時に渡したよね?」
一枚の「名刺」が私の前に浮かび上がった。
正宗は「触れるな」と言ったけれど、私は名刺に触れる。
「覚えている。出会った時、私は遥木さんを少し警戒していて」
「そう。俺は舞の警戒を解こうとしてこの名刺を渡したんだよ」
私が思い出すと、この世界全体が揺らめき、過去の記憶が「シアター」のように再生を始めていく。遥木さんと過ごした記憶の世界。想いが過去の自分とシンクロして、私の心は、記憶の世界の中の「私」と重なっていく。闇の中へ意識が、ブラックコーヒーに入れられたシュガーのように溶けていく。
〈何故だろう。意識が溶けていくのに、優しい〉
まるで毛布に包まれるような安心感があった。
そして、私の心と意識は「記憶と夢の境界」へ落ちていく。
ここを抜け出すかどうかは別にして、彼が出口を教えてくれるなら、その位置を把握しておきたいと思った。ただ、先を歩いている正宗は何度も立ち止まって、周囲の様子を確認したり、仕切りに歩いた道を確認している。その時の彼の自信がなさそうな困った表情。それを見て私は状況を察した。
「ねえ。もしかして迷っている?」
私の指摘に正宗は苦い表情を浮かべて髪をかいた。
「さっき来た道を戻っていたはずなんだがな。どうやらこの城は歩くたびに構造が変化しているみたいだ。厄介だな」
「さっきの言葉の割に随分と頼りないね」
私の言葉に正宗は「むっ」と不機嫌そうな表情になる。
「仕方ないだろ。俺はこの城の存在じゃないんだから。お前がここに入っていくのを見て「危ない」と思って慌てて俺も城へ入ったんだ。そもそも、お前が迂闊にこんな城に入ったことが問題だ。危機管理がなっていない」
親みたいな言い草に私も「むっ」とする。
「別に頼んでないじゃん。正宗は私の「何」なの?」
その問いに正宗は黙る。私への声のかけ方等から「正宗は私のことを知っている」と感じた。私は会ったことがないけれど、正宗はもしかして私を知っていた? でも繋がりが見えない。あるいは、さっき言った言葉は本当は嘘だとしたなら? 油断させて、隙を見せたら何かしてくるのではないだろうか?
「ねえ。本当は何か悪いことを企んでいる?」
多少の疑心から私がそう聞くと正宗は少し怒る。
「お前のことを思ってやっていることにその言い草はないだろ?」
「あのさ。さっきも言ったんだけど「別に頼んでない」から。もう私一人で行くから、正宗は付いてこなくてもいいよ」
「そういうわけにはいかない」
「何で? 詳しい説明もなく「私のためだ」なんて言って勝手に色々決められるの、好きじゃない。親切の押し売りは嫌い」
些細なことで口喧嘩をしてお互いに黙る。
そんな時に城の奥から「声」が聞こえた。
『舞。俺を追ってここに来てくれたんだね』
声の方向を見ると、闇の中から「彼」の姿が浮かび上がってくる。
「遥木さん!」
それは紛れもなく遥木さんだった。漆黒の黒髪。スーツ姿、あの頃のままの姿で遥木さんが目の前に微笑んで立っている。凛として知性的な佇まい。見間違えることがない。黒髪の奥、怖く見えるけれど微笑む時は優しく崩れる目元。忘れたくても、忘れられぬ、私が愛していたその人だ。
私は思わず、目が涙で滲んだ。
「舞。俺も会いたかった」
彼のもとへ駆け寄ろうとしたところを正宗に止められる。
「離して。私は遥木さんのもとへ行きたい」
「そうはいかない。あれは「生きていない」とお前にだって分かるはずだ」
確かに私は遥木さんが亡くなっていることを知っている。だから、目の前に現れた遥木さんが「生きていないかも」とも思う。
「でも、それは私にとって「どうでもいいこと」なの」
正宗が驚き「そんなわけがないだろ?」と言っても、それは私の本心だった。
「遥木さんがこうして目の前にもう一度現れて分かった。たとえ、生きていないとしてもいい。私は彼のもとへ行きたいと今でも願っている」
「いや、駄目だ。生きているお前が生きていないあいつに関わると、心に悪影響が出てくる。俺はお前をあいつのもとへ簡単には行かせない」
正宗が再開を遮るように私の手を掴み、彼のもとへ歩ませなかった。遥木さんはその正宗に向けて冷たい視線を向けて話しかける。
「君は何故、私と舞の再開を邪魔する?」
「色々と聞きたいのはこっちの方だ」
正宗は遥木さんに逆に質問をしていく。
「何者か知らないが、何故この子に興味を示してその姿になる? この子に害をなすというのなら見逃せない。この子を守るために俺が相手になる」
正宗の言葉は分からないことばかりだ。
〈正宗は何故、私を守ろうとするのだろうか?〉
遥木さんは「一応、分かりやすく名乗っておこう」と言った。
「私は「月読」この月夜城の主だ」
その言葉に私が思わず呟く。
「月読? 遥木さんじゃないの?」
「いや、同時に中園遥木であるんだよ。舞」
遥木さんはそう言って優しい眼差しを私に向ける。
「舞なら、俺が「中園遥木」であることが分かるはずだ。同化、と言えば分かるかもしれない。私は、その彼と同化して君の前に現れているんだ。だから、偽物ではないんだよ。記憶も思いも、思い出も覚えているよ」
正宗が「月読か」と言った。
「聞いたことはある。月読は「月明かりの魔力」を持ってその人の「大切な故人」になると。それでお前はその姿なのか。ここはお前の拠点の「月」か。そう考えればいくつかの謎も解けていくな。だが、この子はまだ生きている。人の子は人の世界で生きていかなければいけない。地球へ通じる出口を教えろ」
そう言った正宗に遥木さんは冷たい声で話す。
「お前は少しは黙ることだな。俺は舞と話したいんだよ」
遥木さんは正宗を無視して、スーツの胸ポケットから「小さい何か」を取り出す。それを私に見せながら優しい声で話す。
「覚えている? この名刺。俺が舞と初めて会った時に渡したよね?」
一枚の「名刺」が私の前に浮かび上がった。
正宗は「触れるな」と言ったけれど、私は名刺に触れる。
「覚えている。出会った時、私は遥木さんを少し警戒していて」
「そう。俺は舞の警戒を解こうとしてこの名刺を渡したんだよ」
私が思い出すと、この世界全体が揺らめき、過去の記憶が「シアター」のように再生を始めていく。遥木さんと過ごした記憶の世界。想いが過去の自分とシンクロして、私の心は、記憶の世界の中の「私」と重なっていく。闇の中へ意識が、ブラックコーヒーに入れられたシュガーのように溶けていく。
〈何故だろう。意識が溶けていくのに、優しい〉
まるで毛布に包まれるような安心感があった。
そして、私の心と意識は「記憶と夢の境界」へ落ちていく。
