Sugar Ballad

 それは「宮殿」と呼んでいいような城だった。

 ゴシックとか、バロックのような豪華さ。赤いペルシャ絨毯がところどころに敷かれている。一つ一つの空間が広く、その壁や床に金の装飾がされている。金の装飾は何かの植物を象ったレリーフのようで精巧に作られている。
 豪華な城に嫌味はなく、全てが「上品」だった。
〈以前、こういう豪華な城を本か何かで見たような気がする〉
 頭に「別世界」という言葉が浮かんだ。
 自分とは縁がないと思われる世界を「別世界」だと人は感じる。それが、今、別世界に入り込んでしまった。どう考えても、この城が「現実」と思えない。例えば「人でない存在」が「何かの目的」のために、私をこの城へ誘い込んだのかもしれない。
「考えてみると少し危険かもしれない」
 だけど、私は一歩踏み出した時から決めていた。
〈遥木さんを探そう。見間違えることなんてないのだから〉
 この状況に不思議と恐れはなく、私は城の中を亡くなった遥木さんを探して歩くことに決めた。人の気配、生き物の気配がなく、静寂がある。それは不気味というよりは「神聖である」と感じた。人は「神聖さ」を感じ取れる。
「城の中に「悪い感覚」はどこにもない」

〈この城に遥木さんが居るのだろうか?〉
 これが、たとえ夢だとしても遥木さんに会いたい。
 そう思うと怖さも消えて、足は自然と早足になっていた。城の奥へ、奥へと進んでいく。真実を確かめたい、彼に会いたいという思いがそうさせた。進んでいくと城の中に「いくつもの扉」や「窓」があることに気付く。
 窓の向こうに月面のような風景が広がっていた。
 しばらく眺めて「本当に月面なのかもしれない」と言葉にした。草も生えていない砂漠と、クレーターと思われる地形。寂しく、不毛な荒野が果てまで続いていた。そして、夜空には「地球」が浮かんでいる。
 私は立ち止まって、窓から見える夜空の「地球」を眺めた。
〈私は戻りたいだろうか? あの青い地球に〉
 そんな問いを自分に投げかけた。
〈地球のどこにも遥木さんは居ない〉
 そう思うと「分からないな」という言葉が口に出た。
 この頃、誰のために、何のために生きているのだろうかと考える時間が増えた。周囲は「新しい恋をしろ」と言ってくるけれど、私は遥木さん以外を愛せるとは今は思えない。他の誰でもなく、遥木さんだったから恋をしたんだと。

 * * * * *

「行こう。もっと奥に居るのかも」
 歩き出すと後ろから声が聞こえた。
『待つんだ。舞』
 遥木さんの声ではなかった。
『ここは人の来るべき場所ではない』
 振り向くとそこに紺色の和服を着た青年が立っていた。
 白銀のような白い髪。蒼い目。紺色の和服の知らない青年が私の手を取って止める。この青年に私は覚えがなく、戸惑っていると彼は言葉を続ける。
「どうしてここへ来たんだ? ここを見た時に一目で「現実と違う」と分かったはずだろう? ここが危険だと分からなかったのか?」
 そう言ってくる彼のことは分からない。ただ、彼の蒼い瞳。その奥に「意思」があることが分かる。意思を持って私に聞いている。
 私は手を払って警戒しながら聞く。
「誰ですか? どうして私の名前を知っているんですか?」
 私のその態度に彼は困惑した様子だった。
「ここへ無防備に来るくせに。俺のことは警戒するのか?」
「私はあなたのことを知らないので、警戒するのは当たり前だと思いますが? 知らない人に教えられることは何もないです」
 青年は動揺するように「俺は、お前の」と言いかけて止める。
「私の? 私の何だと言うんですか?」
 彼は「えっとだな」と言い淀む。
「言い淀むような「やましさ」があるのですか?」
「心外だ。やましいことなど何もない」
 私の警戒を解こうとしてか自分から名乗ってくれた。
「俺は「正宗」という名前だ。お前の味方だと言いたかった。お前に悪いことをしようとしているわけではない。ただ、人間のお前にはここは危ないと思っての親切だ。さっきも言った通り、ここは人間の来る場所じゃない。ここからお前を現実へ帰す」
 彼の言葉に私が黙っていると。
「そういうわけだ。お前に危害を加えるつもりはない」
 正宗は「出口を探す」と言った。
「すぐに見つかればいいんだけど。付いて来てくれよ」
 そう言って正宗は城の中を歩き出した。

 私は、少し先を歩く正宗の後ろを付いて歩くことにした。
〈彼に悪意があるようには見えない〉
 それともう一つ感じること。
〈人間じゃないような気がするかな〉
 そう思ったのは、人間が持つ「悪」を彼のどこにも感じなかったからだ。人は、生きているだけで「悪いもの」を抱える。悪事ということだけでなく、後ろめたい思いや、良くない感情など。正宗の言葉や表情にそれらが「ない」ように見えた。人とは「どこか違う感覚」がある。おそらくは人外だろうな、と。