Sugar Ballad

 画家とモデル。そして恋人。
 その言葉と関係性に「ロマン」があった。
 現実に生きていると「ロマン」というものは次第に現実に上書きされて、いつの間にか失われていく。だけど、この時の私たちの前には「無数の未来」があって、その可能性を確かに感じて生きていた。
 二人で出かけることも多くなった。会える時に二人で会って、二人で同じ時間を共有していく。同じものを見てお互いの心を通わす。

 * * * * *

 11月の街。レトロな喫茶店の中にて。
 店内にはレコードで洒落たジャズが流れている。この日のデートは、遥木さんのエスコート。二人で映画を見た後、この喫茶にやって来た。全体的に「古いお店だ」と感じたけれど清潔で洗練されている。上品な喫茶だと感じる。
 テーブル席に座っている私と遥木さん。映画について話している。
「あの俳優。流石に「様になっていて」かっこよかったです」
 その日、二人で見た映画の感想だった。
 それは「俳優としての評価」だ。映画の売り文句に「主演俳優」と堂々と書かれているだけあって流石に演技が上手かった。その俳優に特別な恋心があるわけでもない。でもその俳優のことを褒めている時、遥木さんは不機嫌そうだ。私は遥木さんのその不機嫌そうな表情が少し気になった。
「あの、遥木さん。もしかしてあの俳優のこと嫌いでしたか?」
「そうだね。少し」
「そうだったんですね。どういうところが好きじゃないんですか?」
 遥木さんは少し黙る。その後に小さく呟くように答える。
「舞が別の男のことを「かっこいい」なんて言うのが。少し嫌かな」
 遥木さんはあからさまに不貞腐れている。遥木さんは妬いていたのだと知る。それを「可愛い」とさえ思った。
「遥木さん。あれは映画だから」
 笑った私を見て、遥木さんは真面目な表情で言う。
「駄目。俺だけを見ててよ」
 思わずドキッとする。その瞳に吸い込まれそうになる。
「はい。じゃあそうします」
 こんな感じで、遥木さんの方が年上なのに、私がお姉さんになっているような瞬間がある。何だか、時折、遥木さんは少年みたいだ。それを感じる時、胸が甘く締め付けられる。そんなに甘えないでと言いたいような、でも抱きしめたいような。

『あれ、舞? もしかしてデート?』
 声に振り向くとふるふわファッションの女子大生。
 友人の「佐藤かなた」可愛い系の同期の女子大生。秋物コーデ、ベージュの落ち着いたセーターが可愛い。普段は友人や彼氏と一緒に居ることが多い彼女だけど、今日は一人みたいで連れは誰も居ない。私は慌てて一度席を立ち、かなたを遥木さんから遠ざけて、彼女の耳元で小声で伝える。
「どうしてかなたがここに居るの?」
「どうしてって、ここは名店だよ? 珈琲や喫茶店好きなら知っているってくらいの。もしかして知らなかった? じゃあ、今日、ここに来たのは舞の彼氏さんのエスコートなんだ。あの人が舞の恋人?」
「そうだけど、悪い?」
 毒づく私。かなたは「かっこいい彼氏じゃん」と言った。
「何か、少し安心した。舞ってこのまま恋人作らないのかなって思っていたら、急に恋人出来たって言って。私、悪い男に騙されているんじゃないかって思ったけれど、素敵な大人の男性捕まえたんだね。上手くいくといいね。応援する」
 かなたの言葉に急に恥ずかしくなってくる。
「かなた。もういいでしょ?」
 かなたが悪戯っぽく笑って「はいはい」と言った。
「じゃあデートの続きを楽しんで。私はあっちに座るからさ」
 かなたは少し離れた席へ座った。遥木さんの居る席へと戻ると、遥木さんは「友達?」と私に聞いた。
「うん。友達。同じ大学の同期だよ」

 離れた席に座っているかなたがニヤニヤしながら私たちを観察していることは、遥木さんも気付いていたようだ。私も見られると恥ずかしいから「そろそろ行きませんか?」と提案する。遥木さんも「じゃあ行こうか」と席を立つ。
 会計を済ませて店を出る時、ちらっとかなたを見ると、彼女は手をひらひらさせて「頑張れ」と小さく口を動かした。

 外へ出ると11月の夕暮れ前。道に紅葉が風に舞う。
「もうすぐで一周年ですね。私たち」
 去年のクリスマスを思い出す。
「遥木さんって、もっと別の世界の人だと思っていたけれど。案外、庶民的で良かったです。本当に「違う世界の人」だったらどうしようかなって思っていた時期もあります。でも、こうして一緒に過ごせて嬉しいです」
「いや、舞と一緒に居るからだよ。舞の世界を俺も見てみたくなったんだ」
 遥木さんは暮れる秋空を見上げながら話す。
「たとえ恵まれていても「独り」では決して満たされないものがあるんだよ。舞が居てくれることが、俺の願い。他には何もいらないかもね」
 私は一つ、聞きにくいことを彼に聞く。
「今年のクリスマスは、その。遥木さんは中園家の社交界に参加するんですよね? それて、今年は一緒に過ごせないってことですか?」
 遥木さんは「そうだった」と思い出したように私に話す。
「去年のクリスマスは二人で過ごせたけれど、今年は必ず中園家主催の社交界に参加しなければいけなくなった。でも俺は舞の居ないクリスマスなんて嫌なんだ。誰よりも好きな人とクリスマスに一緒に居たいと思う。舞もそう思わないか?」
「私も同じ気持ちですが。あの?」
「なら、決まりだ。今回のクリスマスは中園家のクリスマス社交界に参加すればいい。そうすれば二人で過ごせるさ」
「でも、その。一般人も参加出来るような社交界なんですか?」
 私の懸念に遥木さんはニヤッと悪い笑みを見せる。
「大丈夫。俺に考えがある」