「甘い言葉で舞を誘って。取って食っちまおうってつもりか?」
優しさを見せていた遥木さんは一転、正宗に冷たい視線を向ける。
「先程の言葉は嘘や偽りではない。この「月夜城」は舞を傷付けることはしない。何故、俺が舞を傷付ける? お前は俺と舞を知らないのだろう?」
「いや。そうでもないぜ」
正宗も遥木さんの言葉に不服そうな表情を浮かべていた。言葉にしなかったけれど、正宗は「そのくらいのことは知っている」という表情だった。
「一つ確かなことは、お前は「月読」で、やろうとしていのは「神隠し」で「人攫い」だ。それを簡単に許せないってだけだよ」
「形などどうでもいい。俺は舞の気持ちを知りたいだけだ」
遥木さんはそう言った後、私に振り向き微笑む。
「舞。ここで二人で過ごそう。寂しい思いをさせてごめん。もう寂しくなんてさせない。現実で結ばれない想いだったとしても、ここで痛みのない時間を過ごそう。それが俺たちの求めるものだったはず。今の舞の本当の気持ちを俺に教えてほしい。今も、俺と一緒に居たいと思うかい?」
「舞。月読の言葉は聞かなくていい」
正宗はそう言ったけれど、その言葉に私の心と足元が揺らぐ。
〈きっと、私の今の気持ちは間違いなんだろう〉
二度と戻れなくてもいい。遥木さんと一緒に居たい。会いたくて、会えなくて、涙して過ごしていた。夢に出てくれればいいのに、そこで会えたらと思って。その遥木さんが、今は目の前に居る。私は自分の気持ちを知っている。きっと私は抗えない。彼が私を攫って行くというのなら、そうしてほしいとさえ思う。
「約束したことは覚えている。舞。想ってくれたことも分かっている。君を、現実からこのまま攫って行くよ」
「そうはさせるかよ」
正宗が私と遥木さんの間に立つ。
「何故だ? 何故、お前は邪魔をする」
苛立つ遥木さんの前、正宗が立ちはだかる。
「俺は「白銀白狐」だ。今はその子の守護者。そう簡単に黄泉の国へ連れて行かせるかよ。その子は俺が守るつもりだ」
その言葉の後、正宗が胸の前で、指を使って何かを宙に描く。すると、銀色の光のヴェールが正宗を包むように発生する。
「なるほど。その銀のヴェールはお前の魔力か」
正宗に白銀の光の「九尾」が見える。美しく幻想的な九尾が。
「見たところ、お前は強力な魔力を持っているようだな。お前は俺と舞の間に立ちはだかる「障壁」だと感じる。だが、俺も諦めることはない」
遥木さんが何かを唱えると城の中に「夜の闇」が現れる。
「闇か。俺の銀のヴェールを覆って消そうってわけか」
正宗が私に振り向き呼びかける。
「舞。あいつの誘いを言葉で断ってくれ。魔力がない者でも、口に出した言葉は「言霊」になる。舞が「ここを出ていく」と言えばやつの影響は弱まるはずだ。あるいは「嫌だ」の一言でもいい。それで守護者の俺の力は強くなる。俺の銀のヴェールで、やつと、やつの魔力を打ち払えるはずだ」
正宗の言うことは分かる。遥木さんが現実から私を攫ってつもりであることも。おそらく、正宗の方が客観的に見て正しいのだろう。
「でも、正宗。彼は、遥木さんなんだよ」
私は、遥木さんの誘いを否定出来なかった。
「私はずっと、夢でもいいから会えたらと想って生きていた。断ることなんて出来ないよ。それが私の本心だから」
月夜城の「闇」が強くなった。
「今の言葉で、やつの魔力が強まったようだな」
「夜の闇」が、正宗の銀色のヴェールを覆っていく。
「ありがとう。舞。あの約束を覚えている?」
そう言って遥木さんは左手を私に見せる。その薬指に「あの日の白詰草で出来た指輪」があった。それを見た時、私はもう抗えなかった。
「ごめん。正宗。私は今も、まだ」
「夜の闇」に覆われて正宗の姿が見えなくなった。
辛いことばかりで心は浮世を離れかけていた。あの日、心を捉えた愛が、今、目の前に現れた。その時、私は「何もかもを捨てても彼と居たい」と思うことを止められなかった。私は、心から彼をまだ愛している。
現れた遥木さんが優しく私の手を取る。
「現実より俺を選んでくれて嬉しいよ。舞。月明かりが誘うのは痛みのない記憶の世界。何も不安に思わなくてもいい。身を委ねて」
遥木さんは私を抱きしめて、夜の闇の奥へ連れて行く。
一瞬、正宗が「舞!」と叫ぶ声が聞こえたけれど、それも遥か遠く。私は、闇のカーテンに隠されるように世界は暗くなった。それでも不安を感じなかったのは、遥木さんの気配がそこにあって、私を抱いてくれているから。
* * * * *
静寂の暗闇の中「苦しい? 舞?」と遥木さんの声が聞こえた。
「苦しくないよ」と私は答えた。
暗闇の中でも、側に遥木さんが居ることが、私を抱きしめてくれていることが分かる。すぐそこに彼の気配がある。長らく感じていなかったその安心感に身を委ねていると、闇の中に「月明かり」が見えた。その優しい月明かりの中。照らし出されていたのは「二人のアトリエ」だった。
「覚えている? 俺と舞の「アトリエ」を」
「覚えているよ。二人であの部屋に居た時が私の幸せだった」
それは海辺の小さな部屋。付き合った後に遥木さんが借りた、小さな「海の見える一室」だった。そこを「アトリエ」として遥木さんは私を描いていた。机の上の文庫本に「白詰草の押し花で出来た栞」が挟んだのは、私だ。
私は再び「記憶と夢の境界」へ落ちていく。
優しさを見せていた遥木さんは一転、正宗に冷たい視線を向ける。
「先程の言葉は嘘や偽りではない。この「月夜城」は舞を傷付けることはしない。何故、俺が舞を傷付ける? お前は俺と舞を知らないのだろう?」
「いや。そうでもないぜ」
正宗も遥木さんの言葉に不服そうな表情を浮かべていた。言葉にしなかったけれど、正宗は「そのくらいのことは知っている」という表情だった。
「一つ確かなことは、お前は「月読」で、やろうとしていのは「神隠し」で「人攫い」だ。それを簡単に許せないってだけだよ」
「形などどうでもいい。俺は舞の気持ちを知りたいだけだ」
遥木さんはそう言った後、私に振り向き微笑む。
「舞。ここで二人で過ごそう。寂しい思いをさせてごめん。もう寂しくなんてさせない。現実で結ばれない想いだったとしても、ここで痛みのない時間を過ごそう。それが俺たちの求めるものだったはず。今の舞の本当の気持ちを俺に教えてほしい。今も、俺と一緒に居たいと思うかい?」
「舞。月読の言葉は聞かなくていい」
正宗はそう言ったけれど、その言葉に私の心と足元が揺らぐ。
〈きっと、私の今の気持ちは間違いなんだろう〉
二度と戻れなくてもいい。遥木さんと一緒に居たい。会いたくて、会えなくて、涙して過ごしていた。夢に出てくれればいいのに、そこで会えたらと思って。その遥木さんが、今は目の前に居る。私は自分の気持ちを知っている。きっと私は抗えない。彼が私を攫って行くというのなら、そうしてほしいとさえ思う。
「約束したことは覚えている。舞。想ってくれたことも分かっている。君を、現実からこのまま攫って行くよ」
「そうはさせるかよ」
正宗が私と遥木さんの間に立つ。
「何故だ? 何故、お前は邪魔をする」
苛立つ遥木さんの前、正宗が立ちはだかる。
「俺は「白銀白狐」だ。今はその子の守護者。そう簡単に黄泉の国へ連れて行かせるかよ。その子は俺が守るつもりだ」
その言葉の後、正宗が胸の前で、指を使って何かを宙に描く。すると、銀色の光のヴェールが正宗を包むように発生する。
「なるほど。その銀のヴェールはお前の魔力か」
正宗に白銀の光の「九尾」が見える。美しく幻想的な九尾が。
「見たところ、お前は強力な魔力を持っているようだな。お前は俺と舞の間に立ちはだかる「障壁」だと感じる。だが、俺も諦めることはない」
遥木さんが何かを唱えると城の中に「夜の闇」が現れる。
「闇か。俺の銀のヴェールを覆って消そうってわけか」
正宗が私に振り向き呼びかける。
「舞。あいつの誘いを言葉で断ってくれ。魔力がない者でも、口に出した言葉は「言霊」になる。舞が「ここを出ていく」と言えばやつの影響は弱まるはずだ。あるいは「嫌だ」の一言でもいい。それで守護者の俺の力は強くなる。俺の銀のヴェールで、やつと、やつの魔力を打ち払えるはずだ」
正宗の言うことは分かる。遥木さんが現実から私を攫ってつもりであることも。おそらく、正宗の方が客観的に見て正しいのだろう。
「でも、正宗。彼は、遥木さんなんだよ」
私は、遥木さんの誘いを否定出来なかった。
「私はずっと、夢でもいいから会えたらと想って生きていた。断ることなんて出来ないよ。それが私の本心だから」
月夜城の「闇」が強くなった。
「今の言葉で、やつの魔力が強まったようだな」
「夜の闇」が、正宗の銀色のヴェールを覆っていく。
「ありがとう。舞。あの約束を覚えている?」
そう言って遥木さんは左手を私に見せる。その薬指に「あの日の白詰草で出来た指輪」があった。それを見た時、私はもう抗えなかった。
「ごめん。正宗。私は今も、まだ」
「夜の闇」に覆われて正宗の姿が見えなくなった。
辛いことばかりで心は浮世を離れかけていた。あの日、心を捉えた愛が、今、目の前に現れた。その時、私は「何もかもを捨てても彼と居たい」と思うことを止められなかった。私は、心から彼をまだ愛している。
現れた遥木さんが優しく私の手を取る。
「現実より俺を選んでくれて嬉しいよ。舞。月明かりが誘うのは痛みのない記憶の世界。何も不安に思わなくてもいい。身を委ねて」
遥木さんは私を抱きしめて、夜の闇の奥へ連れて行く。
一瞬、正宗が「舞!」と叫ぶ声が聞こえたけれど、それも遥か遠く。私は、闇のカーテンに隠されるように世界は暗くなった。それでも不安を感じなかったのは、遥木さんの気配がそこにあって、私を抱いてくれているから。
* * * * *
静寂の暗闇の中「苦しい? 舞?」と遥木さんの声が聞こえた。
「苦しくないよ」と私は答えた。
暗闇の中でも、側に遥木さんが居ることが、私を抱きしめてくれていることが分かる。すぐそこに彼の気配がある。長らく感じていなかったその安心感に身を委ねていると、闇の中に「月明かり」が見えた。その優しい月明かりの中。照らし出されていたのは「二人のアトリエ」だった。
「覚えている? 俺と舞の「アトリエ」を」
「覚えているよ。二人であの部屋に居た時が私の幸せだった」
それは海辺の小さな部屋。付き合った後に遥木さんが借りた、小さな「海の見える一室」だった。そこを「アトリエ」として遥木さんは私を描いていた。机の上の文庫本に「白詰草の押し花で出来た栞」が挟んだのは、私だ。
私は再び「記憶と夢の境界」へ落ちていく。
