マリオと麻理

 中間考査が終わってホッとした頃、ぼくは久しぶりにマリオと会った。 いつものあの交差点で。
「元気だった?」 「心配させちゃったね。 しばらくはショックで動けなくて、、、。」
「あんなことをされたんだもん。 気持ち分かるよ。」 「麻理が来てくれてよかった。 来てくれなかったらどうなってたんだろう?」
「もう過ぎたことだよ。 考えるのはよそう。」 「でも、、、。」
「気になるのは分かるよ。 でも気にしたってどうしようもないじゃない。」 「そうだよね。 今は麻理が居るんだもんね。」
 マリオはそう言いながら石ころを蹴飛ばした。 この道、通学路になっているらしい。
近所の小学生たちもよく通っていくんだ。 知っている子も多い。
 ぼくは二人でベンチに座った。 あの日みたいに。
この通りの裏側に喫茶店が有る。 そして公園が続いている。
公園の店側にあの倉庫が建っている。 しばらくあの店には行きたくないな。
 この辺では評判な店だ。 美味しいコーヒーを飲ませてくれるって。
でもそのマスターがパパだったなんて、、、。 「ねえ、マリオ。 別の交差点で待ち合わせない?」
「別の交差点?」 「そうそう。 ここだと嫌なことを思い出しちゃうからさ。」
「それもそうだね。 じゃあ何処にする?」
 ぼくはそう聞かれて黙り込んだ。 「あそこのさあ、時計台が有る交差点はどう?」
「白石川の交差点か? いいね。 分かりやすいし。」 「決まりだね。 明日からはそこで待ち合わせよう。」
 実は白石川の交差点はマリオの家の近くなんだ。 いつか行ってみたいな。
それでベンチを立ったぼくらは自販機でジュースを買ってから歩き始めた。 賑やかな通りだ。
 大通りだからかバスもけっこう行き交っている。 そんなに乗らないんだけど。
たまにお母さんが働いてる会社の車も通り過ぎていく。 乗ってたら手を振ってくるからすぐに分かる。
 今日も大きなビルの掃除をするんだって言ってたな。 お父さんは演習の真っ最中。
やり始めるとしばらくは帰ってこない。 野戦訓練もやるんだって。
そこで食べるカレーがまた美味しいんだって言ってたっけ。 外で食べるんだもん 美味しいだろうなあ。
 ブラブラと黙ったまま歩いていると時計台が見えてきた。 「ここだね。」
「明日からはここで待ち合わせしようね。」 「楽しみだなあ。」
 しばらく時計台を見上げてからぼくはマリオと別れたんだ。 (元気そうで良かったよ。)

 その夜、久しぶりに父さんが帰ってきた。 「どうしたの?」
「たまの休みを貰ったんだ。 生気を養って来いって。」 「そうなんだ。」
「麻理は元気にしてたか?」 「もちろんこの通りに元気だよ。」
「なんか、おっさんをぶっ飛ばして新聞に載ってたみたいだけど、、、。」 「ああ、あれね。 友達を虐めてたやつが居たから頭に来てやったんだよ。」
「お前、ケガはしなかったか?」 「うん。 大丈夫。 そのおじさんはナイフを持ってたけどね。」
「ナイフ?」 「そう。 小さなやつ。」
「サバイバルナイフかなあ?」 「さあね。 何かは知らない。」
「それはどうしたんだ?」 「殴る前に奪って溝に捨ててきた。」
「危ないなあ。 そんな時はちゃんと、、、。」 「分かってるよ。 喫茶店の裏だったからマスターに言って警察に話してもらった。」
「そうか。 それなら、、、。」 父さんは安心したようにビールの缶を開けた。

 マリオは家に帰ってくるとnゲージだらけの部屋にバッグを置く。 そして日課のように窓を開ける。
今まではズボンを履いて男の子らしくしていたのに、この頃ではお母さんも気にしてスカートを履くように言ってきた。 スポーツ刈りだった頭も少しずつ伸ばし始めたんだって。
 床屋に行った時、いつも切ってくれてる人がマリオを見て不思議そうな顔をしてたんだって。 そりゃそうだよね。
いきなりスカートを履くようになったし何処から見ても女の子?になってきたし。 それでおじさんは聞いた。
「これから髪はどうするね?」 「しばらく伸ばします。」
「そうか。 じゃあ時々毛先を揃えたほうがいいね。」 それで時々は床屋に行くんだって。
 慣れないセミロングの髪に戸惑うマリオを見てぼくは笑ってしまった。 「そんなに笑わなくても、、、。」
「ごめんごめん。 ぼくはこれまでずっとロングだったからさあ、マリオがどっか面白く見えちゃって。」 「意地悪だなあ。」
「意地悪かもよ。 ぼくって。」 「でもなんか、そういうのって好きだなあ。」
 時計台の前で待ち合わせた後、何の予定も無いままにブラブラと歩く。 気を使うことも無く、使わせることも無く、ごく自然に寄り添っている。
カップルにも見られそうだけどそんなつもりも無いし、好きだとか嫌いだとかいう感情も無い。 ただ傍に居るのが嬉しいだけ。
変わってるのかなあ?
 5時になると鐘が鳴る。 いやいや大きな音だねえ。
「鳴ってるのは知ってたけどこんなに大きいの?」 「そうだよ。 麻理の家には聞こえないかなあ?」
「けっこう離れてるからさあ。 聞こえないことは無いんだけど、、、。」 「そうか。 ぼくはいつも聞いてたよ。」
「この近くなの?」 「そうそう。 ちょっと歩くけど団地に住んでるんだ。」
「団地か。 マリオはお母さんと暮らしてるんだよね?」 「そう。 5年前にお父さんが死んじゃったから。」
 5年前、お父さんはトラックで荷物を運ぶ仕事をしていた。 その荷物の中に爆発物が入っていたらしい。
急ブレーキを踏んだ時に何かにぶつかって爆発したんだ。 消防車とかパトカーとかたくさん来たらしい。
爆発物の情報が有ったから自衛隊も駆け付けたんだって。 その調査中にもう一度爆発が起きて自衛隊の隊員も大ケガをした。
お父さんも助けられはしたんだけどものすごい重傷で半日後に死んでしまった。 マリオも相当に取り乱したって聞いてる。
それから5年。 やっとマリオは元気を取り戻したらしい。 元気になってくれて良かった。
それで今が有るんだもんね。 時計台の通りから一本入ると小さな商店街が有る。
お母さんはこの中の肉屋さんで働いている。 元気な人だ。
 その肉屋の前を通る。 「いらっしゃーーーーい。 いらっしゃーーーーい。」
お母さんの元気な声が聞こえる。 ぼくはふと足を止めた。
(美味しそうな唐揚げじゃん。) テーブルの上に置いてある唐揚げにぼくは釘付けになってしまった。
 「これ食べたいな。」 「そう? お母さんに話してくる。」
マリオはそう言ってお母さんに駆け寄った。 「おやおや、マリオじゃないか。 帰り?」
「そう。 今日はね、友達を連れてきたんだ。」 「へえ、どんな子?」
マリオはぼくを指差した。 「あらあら、あなたはマリオを助けてくれたえっと、、、。」
「田村麻理です。」 「あっそうそう。 麻理ちゃんだ。 ありがとね。」
「んでさあ、唐揚げ食べたいんだって。」 「そうかいそうかい。 じゃあ今日はおやつ代わりに何個か持って行きな。」
「ありがとう。」 お母さんはぼくに笑い掛けてから唐揚げを袋に詰めてくれた。
 それからまたぼくらは歩き始めた。 「家はもうちょっと先なんだ。」
商店街を抜けると雑木林が広がっていてその向こうに団地が有るらしい。 けっこう古いんだって。
 公園と小さな駐車場が見えてくれば団地はすぐそこ。 3棟しか無いんだって。
全部三階建て。 中は2ldk。
二人で暮らすには広いなっていつも言ってる。 だからなのか、一部屋は物置にされてしまっている。
 一棟の前に白いベンチが置いてある。 そこに二人並んで腰を下ろしてみた。
「静かな所だねえ。」 「そうでしょう? 夜はもっと静かだよ。」
「これ以上静かにはならないんじゃないの?」 「ところがさ、静かになるんだよ。 怖いくらいにね。」
 夕方の涼しい風が吹いている。 邪魔も入らずマリオと二人で話しながら唐揚げを摘まんでいる。
何だかぼくは幸せ者のような気がした。
 どれくらい経ったんだろう? 雑木林のほうから一台の車が走ってきた。 よく見るとあの時の男の人が運転しているらしい。
ぼくはそっと顔を伏せた。 ここでやられたら堪ったもんじゃないから。
 でも車はぼくらには気付かずにそのまま通り過ぎてしまった。 ホッとしたぼくは大きく背伸びをした。
「どうしたの?」 「今の車さあ、こないだのおじさんのやつだったよ。」
「そうなの? この辺に住んでるのかなあ?」 「そんな風には思えないけど。」
 ぼくはさっきの車が行った方を睨んでみた。 その先は雑木林が続いていてよく分からない。
風も冷たくなってきたから帰ることにしたぼくはベンチを立った。 「また来るよ。 明日もあの交差点で会おうね。」
「そうだね。 お休み 麻理。」 マリオに見送られてぼくは商店街へ戻ってきた。
すると、、、。

 「あんただよね? だちをボコボコにしてくれたのは?」 なんだか物騒な男が後ろを付いてくる。 ぼくはなるべく顔を見せないように歩いている。
「何とか言ったらどうなんだよ? あんたなんだろう? やったのは分かってるんだよ。」 男は無視しているぼくに苛立ってきたみたいだ。
 肩をドンと突いてきた。 (嫌なやつだなあ。)
それでもなんとか平静を装って歩いていると声高に騒ぎ始めたんだ。 「てめえ、優しくしてるうちに答えねえと痛い目に遭うぜ!」
 次の瞬間、男はぼくの背中を蹴り飛ばしてきた。 いきなりだったから何も出来ずにぼくは道路に倒れてしまった。
「へえ、こんな華奢な女の子にやられたのか。 笑わせるぜ。 まったくよ。」 男は調子に乗ってぼくを蹴り続けている。
立ち上がろうとすると腕や腰を遠慮無く蹴り上げてくる。 「う、、、。」
「痛いか? オー、痛いか? だちもお前にこうして殴られたんだよなあ? 気持ちいいだろう? 何か言ってみろ。」 男は革靴でぼくを蹴り続けている。
 「あんた、女の子しか虐められない卑怯者だね?」 そこに誰かの声が聞こえた。
「何だと? 俺はこいつに裁きを与えてるんだ。 黙ってな。 くそばばあ。」 「ほう、この辺りで私をまだ知らない男が居たんだね?」
「へえ、お前なんか知らねえよ。 とっとと失せやがれ!」 「寂しい男だねえ。 弱い者虐めしか出来ないのかい?」
「貴様もこうなりたいか? オー、ばあさんよ。」 「やれるもんならやってみな。」
 ぼくは蹴られ過ぎて意識を失いかけていた。 そのぼくにでも母さんの声がはっきりと聞こえていたんだ。
男は向き直ると母さんに飛び掛かっていった。 母さんはというとヒョイッと交わしてヒールで腹に蹴りを入れた。
「ウーーーーーーー、、、、、。」 声にならない声で男はもがいている。
「一発で怯むのかい? そんな柄ででかい顔するんじゃねえよ。」 唾を吐いてから母さんはぼくに駆け寄ってきた。
 「大丈夫かい?」 でもぼくはまだ頭がボーっとしている。
母さんは会社の人を呼ぶとぼくを救急車に乗せて病院へ送らせてくれた。
 どれくらい寝てたのだろう? 気付いたら病室のベッドの上だった。
「麻理も大変だったね。 あの男はしばらく出てこれないと思うよ。」 「出てこれない?」
「そうさ。 お前以外にも傷害事件を起こしてたんだ。 他の子たちは半殺しに遭ってたらしいから。」 「半殺しか。」
ぼくはなぜかマリオが危ないような気がしてきた。 「あの子は大丈夫だよ。 あの団地には私の仲間が居るから。」
 そう。 母さんは護身術を習っていたんだ。 何か有るといけないからって。
それで若い頃はダイヤモンドローズってグループを作っていた。 そこのリーダーだったんだって。
ずいぶんと警察にもお世話になったらしい。 捉まったりはしなかったんだけどね。
 母さんはこの辺じゃあ怖い物は無いって言われてた。 暴走族の連中でも引き下がることは無かったんだって。
そんな母さんのハイキックを久しぶりに見たような気がする。 そしてぼくは気を失ったんだ。
 「お前も大変だったねえ。」 「そうでもないよ。 蹴られるのは痛かったけど。」
「あれだけ蹴られても大ケガはしなかったんだねえ。」 「お医者さんもびっくりしてたよ。」
 一週間ぶりに家に帰ってきてのんびりとお茶を飲みながら母さんと話をする。 こうやってのんびり話すのはどれくらいぶりだろう?
普段は忙しいからって食事を済ませたら風呂に入ってすぐに寝ちゃうんだ。 だからこれまでは人形を相手に独り言を言ってた。
着せ替えたり車に乗せたり椅子に座らせたりしながらね。 自分でもびっくりするくらいに女の子だった。
 学校じゃあ男の子たちと一日中走り回ってたな。 でも虐めだけは嫌いだった。
虐めてる子を見付けると「あんたもこうしてやろうか?」って実力行使する。 それを見付けた先生が「そこまでやるな。」って必死に止めに来たくらいだ。
「やったことを教えないと分からないでしょう?」 「お前が言いたいのは分かる。 でもここは学校だ。 先生に任せなさい。」
「任せられないからやってるんだ。 生温いんだよ。」 「まあまあ落ち着いて。」
 ぼくがやっていると必ず先生が飛んできて止めに入ったんだ。 後でその親が文句を言いに来たことだって一度や二度じゃない。
 最初は丁寧に詫びてた母さんも終いにはブチ切れて「あんたの息子が虐めたりしなきゃ麻理は何もしなかったんだよ。 麻理に謝りな。 出来ないんなら付き合わなくていいから。」って言い放つ。
ここまで来たら虐めてた子の親たちもさすがにしゅんとなって萎れた菜っ葉みたいな顔をして謝り始める。
その子たちが帰った後、母さんはいつも言うんだ。 「昔はさ、ちょっと揶揄っただけでもこっぴどく叱られたもんだ。 それを見てたからみんなはきちんとしなきゃって思えたんだよ。 今は叱るやつも居なくなった。 町全体が腐っちまったね。」
 平等とか友好とか友愛とか形だけのきれいごとを並べる大人が増えちまった。 だから誰の心にも響かない。
それで変なのが蔓延っちまった。 ただそれだけなのに、、、。