ゼロくんと中学生社長




ーー今月の売り上げーー
1320円。

ーーチャリン。

 旅館の受付に座り、手のひらで一枚の札と小銭を鳴らす。

「これはさすがにまずいよ! パパーー!!」

 ひとりごとが受付前のロビーに響きたる。
 2週間前の土曜日、働き詰めだった父が倒れた。
 くも膜下出血だった。
 一命は取り留めたが重症らしく、入院生活は3〜6ヶ月ということだった。
 我が家は古くから旅館を営んでいて、父の代で3代目になる。
 都会から車で1時間ほどの我が「星降る旅館」は、10年ほど前までは満点の星空に癒される宿で人気を博していた。
 だが、5年前から開始した土地の再開発により、周囲にホテルや飲食店などが増え始め、町全体が明るくなり、暗くて星が見えることをウリにしていたうちの商売はあがったり。
 3年前、ママは家族営業に切り替えた矢先、激務に耐えられなくなり、蒸発した。
 パパは、ママがいなくなってからも明るくこの旅館の主人として走り続けた。
 祖父母から受け継いだこの旅館を心から愛し、なんとか経営を守っていたのである。

 そんなパパが7月2日に倒れて早2週間と4日。
 7月下旬の蝉がミンミンと鳴く頃。
 私、神村凛星(かみむら・りせ)は、中学生の夏休みを迎えた。

ーーガラガラガラ。

「凛星(りせ)いる?」

「なんだ、海斗(かいと)か。どうしたの?」

「母さんが凛星にこれ持ってけって。コロッケ揚げたから」

「ありがとう」

 私には3人の幼馴染がいて、そのひとりが朝比奈海斗(あさひな・かいと)だ。
 海斗のお父さんは、ウチが全盛期だった頃の料理長だったこともあって、子どもの頃から毎日のように一緒にいた。
 経営が厳しくなってからは調理師免許を持っていたパパが食事を作ることに決めて、海斗のお父さんにはお詫びして辞めてもらった。
 海斗のお父さんはとてもいい人で「謝らないで」と優しくパパをフォローしてくれたし、他のホテルの料理長となった今も休みの日には手伝いに来てくれていた。

 海斗はその遺伝子を継ぎ、家から電車で30分ほどの料理の専門学校に通っている高校2年生。
 外見もお父さん譲りの整った顔で、人当たりのいい爽やかイケメンってやつだ。
 小学生の頃にもらったバレンタインチョコは最高15個。
 そのうちの一個は私の義理チョコだけどね…。
 それからというもの、イベントのたびに女の子に言い寄られている。
 海斗は女子に興味がないのか、告白されても絶対に付き合わない。
 茶色いサラサラした髪をぐしゃぐしゃっとして「ごめんね、好きな子がいるんだ」と優しく微笑みながら断っているのを何度も見た。
 そんな理由いつまで続けるのか…。
 私が小学生のときからそうやって断ってるぞ…!
 好きな子いるって嘘でしょ、絶対。
 昨日も黒髪ロングの女の子に言い寄られてたのを私は知ってるぞ!
 海斗の顔をじっと見ながらツッコミを入れたくなった。

「おじさん大丈夫か? 凛星のことも心配で…」

 そんなことは梅雨知らず、海斗は心配した様子で私の顔を覗き込む。
 まったく過保護なんだから。
 心配しすぎなんだってば…。
 私にかまってばっかいないで、彼女の一人や二人作ればいいのに。

「うん、ゆっくり治していきましょうってお医者さんが」

「旅館はどうするか、話せた?」

 あ、やっぱりそのことね…。
 掘り返されたくない過去を聞かれたような気持ちで少しガッカリする。

「パパがね、入院してる間は閉めようって。でもついこの間、お風呂の改装で銀行からお金借りたばかりでしょ? 夏休みの間は学校ないし、私ができる限り営業するよって言ったんだけど聞かなくてさ」

「そうか…凛星の気持ちもわかるけど、俺はおじさんの言う通りにしたほうがいいと思う。無理させたくないし中学最後の夏休みを満喫したいだろ?」

「…そうも言ってられないよ」

 海斗は、私のことを妹のように思ってるんだと思う。
 思いやりが止まらないのはありがたいんだけど…!
 そういえば、昔から海斗の口癖は「俺が凛星を守るから」だったな。
 沈黙が1分ほど続く。
 ロビーの奥にある事務所の扉が開く音がした。

ーーバタン。

「零…!」

「話し声が聞こえると思ったら、海斗とお前か」

 鷹宮零(たかみや・ぜろ)も幼馴染のひとり。
 私と同じ学校に通う中学3年生だ。 
 零のお父さんは、ウチの財務会計を担当している税理士。
 今日はパパの入院する病院に行って、今後のことを話してくるといっていた。
 零は実家の会計事務所を継ぐから現場視察だといって、よくウチの事務所にも来ている。

「お前、昨日も一日中病院にいて、あまり寝てないだろ。今日はもう休め」

 ぶっきらぼうな口調で零が言う。

「零もウチがヤバいことわかってるでしょ。そんな時にスヤスヤ寝てられないよ…」

 零が一番ウチの状況わかってるんだ。
 どう思ってるんだろ。
 じっと零を見つめると、零の長い前髪が揺れる。
 黒い艶のある髪の間から目が見えた!と思ったら、パチリと目が合って思わずドキッとした。
 私の気の気持ちを知る由もなく、すぐさま零は目を逸らす。

「経営は気合いじゃない。数字なんだ。今月の売り上げいくらだよ。日帰り温泉の客1人、1000円だぞ」

「違う、1320円だよ。アイスも買ってくれたから!」

売上−費用=利益

 という計算式が頭をよぎる。
 アイスの仕入れや温泉の維持費用などなど…思いつくものだけでマイナスだ。
 私の訂正に無視して零は続ける。

「今日、オヤジとおじさんで話するって言ってたから。できる限り営業するなんて言ってないで現実を見ろ」

 零の正論に思わず萎縮する。
 ううう…わかってるけどさ…。

「零、そんなに強く言わなくてもいいだろ」

「海斗にお金のことはわからないだろ」

「ふたりともやめて…!」

 ふたりが口論になりそうになって、思わず口を挟んだ。
 最近は、幼馴染全員で会うことはほとんどなくなったな。
 久しぶりに顔を合わせたらこれか…と寂しい気持ちになる。

「もう遅いから母屋まで送るよ」

 場の雰囲気を和ごますように、海斗が穏やかな声で言う。

「うん、ありがとう。零、また明日ね。戸締りだけお願い」

 「ああ」と零は短く返事をした。
 零は学校帰りに毎日のように「星降る旅館」の事務所に来ている。
 ただ、中2の頃から、零は私のことを避けているようだった。
 クラスが分かれてしまって、校内ですれ違ったときも目を逸らされて…。
 幼馴染だってことを周りに知られたくないようだったから、零に合わせていた。
 それ以来、少し気まずい……。

 旅館を出て、裏にある母屋に向かう。
 ホテルや飲食店ができて、周りが少し明るくなったと言っても夜は真っ暗だ。
 星だって昔ほどではないかもしれないけど綺麗に見える。
 今日だって、夏の大三角が夜空に輝いていた。

「さっきはおじさんの言う通りにしたほうがいいなんていったけど、俺は凛星の味方だからね」

 母屋に向かう道のりで海斗と夜空に輝く星を眺めて歩く。

「うん…よく考えてみる…海斗にたくさん救われてるよ」

 いつも味方になってくれる海斗は幼馴染の中で一番心強かった。
 それにしても、モテる男はフォローの仕方も慣れてるな…!

「そんなことないよ、お互い様でしょ」

 笑いながら海斗がこちらを向く。
 そうやって何人の女子を落としたんだろうか…。
 家の前に着くといつものように海斗が「また明日」と笑顔で手を振ってくれた。

「うん、明日ね」

 玄関の戸を閉めて「ふう」と息を吐く。
 後ろ向きなままじゃいけない。
 パパが大事にしてきたこの「星降る旅館」をなんとかして守らなきゃ!
 とにかく退院するまでの3〜6ヶ月(一日も早く退院してほしいけど…)の間に、閉業するなんてことにならないようにしよう。
 まずはお風呂に入って気持ちを切り替えて…!
 どうするか考えるんだ!