(悩める)リケジョの白井さんと(気ままな)リケダンの日高くん

 バスの発車時刻まで、日高くんは付き添ってくれた。
 夕方のラッシュ時刻前のバスは、空いていた。学生が乗っていてもいい時間帯なのだが、世間は春休みで学生はほぼ皆無であった。

 「じゃあ、むっちゃん、明後日よろしく」
 「うん。(ふみ)くん、こちらこそよろしくお願いします」

 圧縮空気音が響いて扉が閉まる。しばらくして気怠そうにバスが出発した。
 キャリーカートを気にしながら、ひとり掛けのシートに座る。ぼんやりと先までの日高くんとのやりとりを思い出した。

 (もしかしたら、これって、お付き合いがはじまった、ってことだよね?)
 (むっちゃんって、呼んでくれたし)
 (なんだか、夢みたい。現実感がないんだけど)

 でも確かに、私は「むっちゃん」と呼ばれて、「文くん」と返した。文くんとは、隆文(たかふみ)の下半分からとった愛称だ。日高くん本人がそう呼んでほしいと懇願したのだった。
 交際がはじまって急に恋人モードに移行することは、私にすればなかなかの至難の業。だって、ほんの数時間前には友達未満であったのだ。
 戸惑う私に日高くんは提案した。まずは「日高くん」「白井さん」をやめようと。

 ――いいか、あのクラスのヤツには、カレシだときちんというんだぞ! あいつ、絶対、むっちゃんを狙っているから。
 ――他にも男子はいっぱいいるんだけど。
 ――いや、カレシの勘だ。あいつはどうもいけすけねぇ、隙あらばって顔をしていた。同じゼミなんかに入るなよ。

 なんだか保護者みたいなことを、日高くん、いや文くんは力説していた。違う大学に通うカノジョのことを、大いに心配していた。
 こそばゆい気もするが、大事にされているのがよくわかる。
 そんなことを思い返していれば、自然と頬が緩んでくる。ひとりバスに揺られてニヤニヤする女子大生、ちょっと怪しい。冷静を取り戻そうとしても難しかったので、俯き加減になって寝たふりをした。

 バスは順調に進んで、ところどころ停留所でとまる。その度に意識が引き戻されて、私はぼんやりと考える。
 明後日の文くんとのデート、何を着ていこうかなと。