(悩める)リケジョの白井さんと(気ままな)リケダンの日高くん

 叔父に連れられて、たくさんの映画を見てきた。邦画、洋画、アニメ、ドキュメンタリーと、映画好きの叔父はありとあらゆる種類の映画を可能な限り、小学生の僕に見せてくれた。
 子供の僕は、見た映画のすべてがすべてを絶賛することはない。大人でないので、どうしても大人の事情が理解できないことがある。明解単純で勧善懲悪なものほど、わかりやすい。
 
 ――まぁ、隆文はまだ小学生だからね~

 どうだった? と問われて、今日のは難しいと答えた。
 そんな僕の答えに、「ははは」と叔父は笑ってなじったりはしない。
 映画を見終われば、真っ直ぐ帰宅せず、ふたりで晩御飯を食べにいく。独身の叔父にカノジョは存在しないようで、さっきの映画の感想を酒の肴にリッチなご飯を食べるのだ。

 ――叔父さんと見る映画は、ハッピーエンドばかりだよね。
 ――子供には、明るいものをみせたいからね。
 ――暗い映画もあるの?
 ――あるよ。それは、ひとりで見にいく。

 ひとりで見る映画は、全然違う種類のものらしい。きっと難解なのだろう。叔父は一方的に誘ってくるが、実は子供の僕に気を遣ってくれていた。
 そんな叔父との映画鑑賞会は、彼の転勤辞令で終わりとなる。
 同時に僕は中学生となり、部活で忙しくなった。そのまま映画から足が遠のいた。

 それが、高校に入って一転する。
 クラスメートと映画を見に行くことになったのだが、ひどく懐かしい。連れが同世代ということにも変な感じがする。
 映画は洋画のアクションもの。派手な爆発音に、ほどほどのメロドラマがあり、老若男女問わず楽しめる仕上がりだった。

 ふと思う、友人と見た映画は面白かったし、楽しかった。同級生といくのなら何も問題はない。
 だがこれ、叔父とみた映画とは、どこか違う。
 どういえばいいのだろうか、ハッピーエンドで終わるからどちらにも幸せの色がある。でも叔父が選択した映画は、「幸せ」はあからさまに姿を現しているのではなく、断片がちりばめられたもの。そう、幸せの匂いが漂うとでもいうのだろうか?

 叔父は何年たってもこちらに戻れなかった。挙句の果てに、向こうで転職をし、さらに結婚してしまった。母から叔父の結婚をきいて、彼なりの幸せの色を見つけたのだと思った。
 そして僕は、映画館に通うようになっていた。幸せの色とは何なのか?――それがすごく気になって。