15歳の選択

「12559…あ,番号あった。公立高校これで合格や。」
念願やった公立高校に合格した。これで気持ちはだいぶ軽くなる。
でも問題はここから。番号だけでは第一志望に合格したのかは分からん。これから封筒を貰いに行き,中身を見るまでが勝負。

えっと…俺が合格した高校はっと…。

ドキドキしつつも第一志望校に合格していると思いながら封筒の中の紙を見る。

受験番号 12559
名前 佐野翔真
合格高校 鳴乃宮高等学校

え…なんで?

嘘やと思いもう一度その紙を見る。目を擦っても首を振って見てもやっぱり結果は分からん。

何でや…何でや!!

高校受験で,俺は第一志望校である西町高校に落ちた時,一瞬この世の終わりを感じた。頭の中が真っ青になった。今までの努力はなんだったんだと。中3の夏休み,冬休み,平日,土日,その全てを犠牲にして勉強に捧げた。おそらくそれはみんな一緒だろう。でもちょっとした一休み,1日くらいいいだろうと言って遊びに行くこと,それも俺は全て犠牲にした。クリスマスや正月も。全て。やのに,やのに…なんで俺は落ちた?意味が分からん。俺の努力は何やったんや…?全てを犠牲にして捧げたこの一年は何やったんや?もっと早く部活引退した方がよかったか?毎日塾行って勉強した方がよかったか?もっと睡眠削った方がよかったか?今更そんなこと思っても意味がないことはわかってる。
周りの奴らは受験に合格したと喜んでいる。笑っている。それを見ると無性に腹が立った。
自分は落ちたのに…。

俺は結果を伝えるために自身の通ってた中学に向かった。その時の俺の雰囲気からその場にいた人間はみんな俺が西町に落ちたことを察したらしい。歩き方が人生が絶望に満ちた歩き方だったらしいから。たまたま正門の前で琴乃に会った。どうやら琴乃は第一志望校に受かったらしい。
「落ちたん?」
会った瞬間の一言がそれだった。俺は黙って頷いた。長年の幼馴染だからか,俺の考えてるのがなんとなく分かるらしい。
「そっか。第二志望の方は受かったん?」
また俺は黙って頷く。
「じゃあ私と一緒やん。」
慰めのつもりなのか,自分と同じ高校だから喜べと言ってるのか分からない。ただその当時の俺は今までの努力が全部水の泡になったことが何よりも悔しかった。
多分2日くらい病んでたと思う。

受験が終わった長期休暇のある朝,母さんはいつものようにABCテレビの朝の情報番組をつけていた。俺は特に何も考えもせず,ただ朝ごはんを食べながらボーッとテレビを見ていた。
その時ふと思った。
(アナウンサーなんか俺に向いてそう。)
なんでか分からないけどそう思った。その現場が楽しそうと思ったのもあるかもしれない。でもその日から俺は無性にアナウンサーに興味を持った。高校に入るまでは中学の復習もしつつ,発音,滑舌,早口言葉の練習などもした。そしてニュースを見ながらアナウンサーの人たちがどうやっているのかを観察したりもした。気になったアナウンサーのプロフィールを調べたりもした。そして思った。
アナウンサーになるには

高・学・歴

全員が全員そうではないと思うけどほとんどの人が有名私立大(超難関校)とか国公立大学,旧帝大に通ってた人たちが多い。だったら俺もそこを目指そう。関西だと京都大学が1番偏差値が高い。私大は同志社が有名だ。なら俺は京都大学を目指そう。私大は同志社以上。勉強も鬼頑張って,高校生活も鬼楽しもう。バスケももっと頑張ろう。
自分で言ってはあれだけど俺は文武両道,そして冷静な性格。俺ならいける。絶対にいける。あの時西町に受かったと喜んでたやつを全員見返してやろう。あいつらよりも,もっと上に行ってやろう。そして3年後の今は俺が高校受験で喜べなかった分,いっぱい喜んで,自分を褒めよう。そう固く決心した。

琴乃にもそれを話すとめちゃくちゃ喜んでくれた。
「確かに翔真アナウンサー向いてそう!」
とも言ってくれた。

まあでも鳴乃宮に受かったのは俺の長い人生で1つの大きな正解だったんだと思う。鳴乃宮に入ったから琴乃と同じ学校だった。そして,真央,結衣,香織,彩綾に出会えた。みんな個性豊かで面白い人たちだった。こんな俺でも明るく受け入れてくれた。友達になってくれた。おかげで俺は青春を謳歌できた。もしあの時西町に受かってたらどうなってたか分からない。勉強に明け暮れ,思ったよりも青春ができなかったかもしれないし,バスケも思う存分できなかったかもしれない。京都大学を目指すこともなかったし,アナウンサーになりたいとも思わなかったかもしれない。

あーあ,人生ってよくできてんなぁ。一つの大きな失敗でこんなにも変化するなんて。今は悪いようでもいずれは大きな良いことがやってくる。 
『失敗は成功のもと』
『失敗から多くのことを学ぶ』
とはこういうことなんだと今は分かる。

この先夢を追うために沢山面白くないことや辛いことをやらなきゃ行けないと思う。 

俺は勉強自体は好きじゃない。でもアナウンサーになりたきゃそれになるための勉強はしなきゃいけない。結局人間,どんだけ勉強が嫌いでもその言葉から離れることはできない。好きなことをしたきゃそれに関する勉強をしなければいけないのだから。
スポーツ選手に例えるなら毎日練習すること。日々の小さな積み重ねが試合で大きな成果を得る。それと同じで人生というのは毎日が勉強だと俺は思っている。日頃の行いがこれからの信用に大きく関わったりするし。今日の自分はここがダメだった。だから明日はこうしようと言って毎日新たな自分を誕生させる。常に新しくならなきゃダメだ。

大人になったら子供の頃のような『楽しい』,『面白い』,『嬉しい』のような感情が減って,『辛い』,『悲しい』,『つまらない』のようなマイナスな感情が増えるだろう。なんなら唯一の心の支えとなっていた物が嫌いになってしまうかもしれない。それでも『夢』というのは一つのモチベーション。それに向かって毎日どう生きるか。人生いつ終わるか分からない。だから1日も無駄にしてはいけない。毎日少しでも夢に向かって努力しなきゃダメ。俺はそう思う。
他人がどう生きようかは他人の勝手。それで良いならそれで良いでしょう。いちいち口出しはしない。ただ俺は俺が後悔しないために生きる。
「あの時こうしとけばよかった。」
は,もう2度と味わいたくない。結局は自分が何をどう選択するか。1度選んだ選択には間違いはないのだから思った通りに進んでいけば良いと思う。

2024年3月。俺は見事合格の切符を勝ち取った。そしてその年の4月,俺は3年分の努力が詰まった体で,自信で,旧帝大の一つである京都大学の門をくぐった。