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私と英太はカフェで出会ってから、水族館、ドライブ、映画とデートを重ねてやがて自然と付き合った。


「ねぇ花音。あのカフェ店員とどうなの?」

哲学の講義中、両瞼を腫らしたマスク姿の美咲が小声で私に聞いた。

「うん、順調だよ」

「へぇ。なんか友達から聞いたけどさ。そのイケメンちょっと変わってるらしいけど?」

「え? どういうところ?」

「なんか、普通笑わないようなとこで笑うらしいじゃん」


美咲の言葉に英太のことを思い返してみるが、特に気になることはない。


「……そうかな。特に気になることはないかな」

「ふぅん。そう」

私は黒板に視線を移すと、ニーチェの『忘却はよりよき前進を生む』という言葉についての解説をノートに書き留める。

「花音、あとでノート貸して。目腫れてて見えない」

「あ、ごめん。目、どのくらいかかるの?」

美咲はここ数ヶ月、ずっと大学を休んでいた。今日一緒に講義を受けるのは久しぶりだ。

「十日くらいかなぁ。でもどうしてもやりたかったんだ〜整形」

筆箱から小さな鏡を取り出して自身を見つめながら美咲は満足気に頷く。

「ふふ。あとすこししたら綺麗な二重瞼が一生モノ」

「素敵だね」

「でしょ。これでようやく持ってなかったモノが全部手に入るの」

美咲の言葉が少し気になったが、彼女が向ける笑顔に同調するように私も微笑み返した。