持ってきてくれたスタッフの口からは、とんでもないものが出てきた。
キャ、キャビア……!?
キャビアって、あのキャビア、よね……? この黒いやつ!
「世界、三大珍味……?」
「そう、それ」
つい呟いてしまっていたらしい。スタッフはもういなかったけれど、目の前に座っている彼にはバッチリ聞こえてしまっていた。
「チョウザメの魚卵を塩漬けにした保存食だ」
「へぇ……保存食……」
し、知らなかった……保存食だったんだ。キャビアって言ったらすごく高価なものって思っていたけれど……それが目の前に、ある。うわ……
「こ、これ……私、食べてもいいんですか……」
「当たり前だろ。ここ、舌の肥えたウチのジジイが大絶賛していたんだ。味は保証する。さ、遠慮せず食え」
い、いいんだ……食べて、いいんだ……
でも、ちょっと待って。私、テーブルマナー出来たっけ……一応高校で習ったけれど……
ちらり、と目の前の彼の方を盗み見た。……が、それもお見通しだったらしい。見られてた……けれど、ゆっくりと手本を見せてくれた。
見習いつつ、一口。初めてのキャビアだから、手が震えるけれど……落とさないように……
「んっ!?」
「美味いか?」
口の中に広がる、まさに高級の味。なんだこれは、知らない味で溢れてる。美味しい……!
思わず、彼の方を見ては何度も頷いてしまった。
「初めてのキャビアはどうだ?」
「美味しい、です……!」
「それはよかった。俺の支払いだが、気にせず食え」
「えっ」
え、じゃあ、こんなに高そうな料理を、私はタダで食べさせてもらってるって事……?
一応足りそうなくらいにはお金持ってきたけれど……
「別に気にするな。一人寂しく食うよりいい」
「……あの、一応、お金は持ってきたんですけど……」
「別に腹減って倒れそうなやつにメシを奢ってやってるってだけだろ。悪い事をしてるわけじゃない。だから、味わって食えよ」
た、倒れそうな……いや、別に倒れそうというわけではない。お腹鳴らしたけれど。思い出すだけでも恥ずかしい……
「……ありがとうございます」
「そう。それでいい」
けれど……
性格は全然違うのに、何となくその言葉が、忘れ物を拾ってくれたあのお兄さんに重なった。まぁ、見た目がとてもよく似ているっていうのもあるけれど。
「名前は?」
「え?」
「名前。苗字は大久保だろ。名前は?」
「……瑠香、です」
「瑠香、せっかくキャビアを食ったんだから、フォアグラとトリュフもいくか?」
いきなり、瑠香ですか……
何故いきなり呼び捨てに? 私、お見合い相手に頼まれてここに来た、ただの平凡な大学生よね。しかも今日初めて会ったやつ。
しかも、フォアグラと、トリュフ……?
それは一体どういう……と、思っていたらもうすでにレストランスタッフを呼んでいた。
「フォアグラのテリーヌと、あと黒トリュフと白トリュフを使った料理を一品」
「かしこまりました」
……た、頼んじゃった。フォアグラと、トリュフを……
しかも、二人分。きっと支払いの額、凄いことになってる、よね……
「トリュフの白と黒、食べ比べたいだろ」
「……いいんですか?」
「別に? 俺も食いたくなったしな」
食べたくなったから、高級食材を使った料理を頼んだと……
お金持ち……よね。お金持ちの考えは、凡人の私には全くよく分からない。
けれど……楽しそうには見える。気分が良くなったから、ノリで頼んじゃった、とか? いや、それなら何で気分良くなっちゃったのよ。



