忙しかったカフェのバイトが、ようやく収まってきた。店長の甥っ子さんと、あと募集で来てくれた1人が入ってくれたからだ。
だから、心置きなくバイトをやめることが出来た。
「瑠香ちゃんが辞めちゃうと寂しくなるわね。働き者だったし」
「すみません、いきなりで」
「いいのよいいのよ。今までありがとう」
そして、無事コンビニのバイトも辞めることができた。引越しも、もともと荷物が少なかったおかげで難なく終えることが出来た。
「家具はさっさと買ってメシ行くぞ。今日はA5ランクの黒毛和牛だ」
「……本当にいいんですか?」
「別に? なら、松坂牛にするか?」
「……黒毛和牛でお願いします」
「よしっ」
通常運転の和真さんは、いつも通り頭の中はお肉でいっぱいである。
けれど、私にも用意してもらったお部屋があんなに広いとは思わなかった。きっと、ベッドを置いて、ローテーブルを置いて、クローゼットも置いてとなっても広いと思う。
今までは、10畳間にベッドにローテーブルにタンスに引き出し、あとは家電も置いていた。キッチンが狭かったから。
でも、今回はそういうのがないから、とても開放感があると思う。最初は落ち着かないかもしれないけれど、じきに慣れるかな。
そして、和真さんがだいぶお待ちかねだったお昼ご飯。黒毛和牛って言っていたけれど、どこに行くんだろう……と、思っていて油断した。
「ここ、ですか……」
「窓から離れたところにしてやる」
ホテルだった。ホテルの中にあるレストランらしい。わぁ、高い。いつぞやのお見合いの時にこんなホテルに来たけれど、ここも負けず劣らず高級感がある。
入りづらいけれど……そんな私の心情を最初から読んでいたかのように最初からがっしりと手を繋がれてしまい、そのまま二人で入る事になってしまった。
「そんなに緊張するなよ。前にこういうところに来ただろ。一人で」
「……あの、掘り返さないでもらっていいですか」
「だが、キャビア、美味かっただろ」
「美味しかったです。ありがとうございました……」
うん、確かに美味しかった。フォアグラも美味しかったけれど……トリュフは凄かった。さすが高級食材。使い方が贅沢すぎる。あんなに高級なのに香りづけだなんて。お金持ちの感覚が分からない。
そう、油断していた。
黒毛和牛が食べられると思って、そして隣に和真さんがいるからと、油断して内心舞い上がっていた。
「あれ、和真?」
「……冬真?」
エレベーターを出て、レストランスタッフに案内されていた時。声をかけられた。そう、何となく、聞いたことのある人の声。
私がお見合いの時、和真さんと間違えた人。あの日、ハンカチを拾ってくれて、飲み物を奢ってくれて……大人として尊敬した人。
和真さんとそっくりな、男性。



