あの人は、ここの住居者、なんだよね。確かにここは高層マンションで、高級そうだもん。そりゃ、和真さんみたいなお金持ちも他にいるよね。
そう納得していると、違うエレベーターから和真さんが降りてきた。
「悪いな、呼び出して」
「あ、いえ、お気になさらず」
すぐにキーを返すと、一緒にエレベーターに乗りこんだ。
「あの、用件は?」
「着いてから」
あ、はい。ここでは言う気がないのね。
「で、用件が済んだら鴨肉食いに行くぞ」
「……ようやく、ですね」
「本当にな」
……その件に関しては、誠に申し訳ございませんでした。
私のアルバイトと、叔母達のせいでだいぶお預けを食らってしまったから……申し訳ない。
「けれど、これでより美味しく食えそうだがな」
「……そう、ですね」
……すみませんでした。
そして、和真さんの家に着くと、出迎えられた。
「初めまして、奥様」
「ウチの使用人で、俺の家の家政婦をしてくれている今井小夜子だ」
70代の穏やかな女性が迎えてくれて結構驚いている。もしかして、私達の婚姻届の証人になってくれた人かな。運転手とお手伝いさんだったよね。
「和真様からお話はお聞きしていますよ。和真様の我儘ですみませんねぇ」
「おい」
「こんな年寄りではありますが、もし出来る事がございましたら何なりとお申し付けくださいな」
……和真さんにそんな事言えるのか。もしかして、付き合いは長いのかな。
「はぁ、それでだ、瑠香。実は引越しをする事になった」
「……ここから、引っ越しですか」
「そう。一軒家を買った」
……どうせ、ローンは組まず一括払いなんだろうなぁ。と、苦笑いをしそうになってしまった。
彼は、前々から引っ越しを考えていたらしい。本当はもっと遅くなる予定ではあったけれど、結婚したタイミングの方が何かと都合がいいらしく、引っ越しを早めたそうだ。
「で、小夜子もご高齢だしな。もう一人、家政婦を雇いたいところではあるんだが、俺としては信用出来るやつしか雇いたくない」
「もし、かして……」
「住み込みで、給料はざっとこんな感じだ」
スマホの計算機で見せられたその金額に、言葉をなくした。いや、私のアルバイト二つの時給を合わせた金額より多いのだが。
「小夜子も大変だろ。実家からここまで通いながら食事に洗濯に掃除と大忙し。今回一軒家となり小夜子も住み込みになる事になったんだが……それでも大変だろ」
「そうですねぇ、もうこんな歳になってしまうと力もなくて色々と不便で……なので若い方が一人いてくださるとありがたいです」
「だそうだぞ?」
そのニヤニヤした笑顔……ま、さか……
「……仕組んでました?」
「いや? 言っただろ、前々から計画していたって。それに、お前の面倒なやつらは瑠香の住所、知ってるんだろ。今のうちに引っ越したくはないか?」
「う……」
「まさか、瑠香の家族があんな奴らとは知らなかったからな。真面目に仕送りをしてやっていたが……馬鹿馬鹿しく思ってな。この結婚の約束だった仕送りだったが……いっそのこと仕送りをやめたらどうかと思っていたんだ」
えっ、仕送りを、やめる……?



