「はぁ……」
「……」
これは、私がちゃんとしなかったのが悪い。あの時昼食をちゃんときっぱり断ってしまえばこんな事にはならなかった。私が、叔母に怖気づいたのが悪い。ちゃんと、言えばよかった。
そう思っていたのに……私の方に向いた和真さんは、私の肩に顔を置きつつも抱きしめてきた。彼の匂いと、アルコールの匂いがする。
「……もう、怒ってないか」
えっ……怒ってない、か?
私、怒ってたっけ……?
「……悪かった。話をちゃんと聞かなくて」
「えっ……」
「ただ、辞めろとしか言わなかった俺が悪い」
これは……バイトを辞めろって言われて断った時の話?
いきなりこの話が出てくるとは思わなかった。しかも謝ってくるだなんて……だから、答えに困ってしまった。
「あの、いえ、その、それは私のせいでもありますし……」
「理由を聞かせてくれないか。俺には、分からないから……」
分からないから、か。確かに、お金持ちの方には分からないのは不思議じゃない。月城グループCEOの方の息子の次男で、会社を一つ引き継いだお金持ちなんだから。
「その……私、貧乏なので、お金持ちにたかっているような気がして……」
「……」
「いっぱい、買ってもらったし、それに家賃の事だって……自分の我儘で別居にしてもらったから、申し訳なくて……」
結婚指輪はダイヤモンド、それに高い洋服達まで。美味しいご飯にも連れてってもらったし……
「……これは俺がちゃんと話さなかったのが悪いな」
「えっ」
は、話さなかった……?
一体何の事だと思っていたら、顔を上げた和真さんに両手を握られた。
「お前、今俺の嫁だろ。嫁に旦那がプレゼントを贈るのにおかしなことあるか?」
「……いえ、そういう事ではなく……」
「お前がダイヤモンドで心を揺すられるようなアホな女じゃない事は、お前のことを調べた時点で知っていた。だがな、結婚指輪に関しては俺にも面子というやつがあるんだ」
め、面子……た、確かに、それもそうか……
月城グループCEOの息子だしな……安物の結婚指輪なんて笑えない。
「一応ではあってもお前は俺の嫁。だから、まずはその自覚をしろ。金持ちにたかっていると周りが言うなら、言わせておけばいい。俺が蹴り飛ばしてやる。俺の大事な嫁に何言ってるんだと潰してやる」
「……」
「だから、いつもの元気な瑠香に戻ってくれ」
いつもの瑠香に、か……
確かに私達は婚姻届を出した。結婚指輪だってしてる。まぁ、この結婚は縁談を避けるためのもので、美味しくご飯を食べるためのものでもあった。
なら、それだけでいい。そう思っていたんだけど……
「俺はいつもの瑠香が好きだ」
えっ……
「だから、いつも通り楽しく一緒に飯が食いたい」
何故だか、心がチクっとした。静電気が走ったように。
せっかく、ちゃんと自分の思う事を言えたのに。
「っあ、あの、叔母達の事は、すみませんでした……!」
ついさっき、私のファーストキスをさらっと奪っていったからだろうか。
「それに関しては、瑠香は悪くない。瑠香との鴨肉デートを悉く邪魔しやがったあいつらが悪い」
「っ……」
そして、食事中に叔母達の提案にはっきりと断ってくれて、自分がやった事でなくても、スッキリしてしまったからだろうか。
自分が今までずっと出来なかった事を代わりにしてくれたことが、嬉しかったからだろうか。
「こ、今度こそ、鴨肉、食べましょう、ね……」
「当たり前だろ」
だから、何気なく彼が使った〝好きだ〟と〝デート〟という言葉に反応してしまった。
和真さんは、そう思っていない事は分かっているけれど……顔が、熱くなりそうになる。
「あ、あの、私、お風呂入ってきますっ!」
「ダメ、酒入ってるだろ。少し時間置いてから入れ」
「っ……」
立ち上がろうとした私の腕を掴んだ和真さんの手は……熱かった。
お風呂には逃げられなかったので、トイレに逃げた。はぁ、私も酔ったな……顔が熱い。



