そして、冷たい空気の中ようやく料理が運ばれて来た。よかった、これで話が変わる。
けれど、ちょっと待って、優秀な会社員? 会社員じゃなくて、かの月城グループの社長さん、ですよね……?
「瑠香」
「え?」
小鉢の、ほうれん草のお浸しが消えた。代わりに、違う小鉢が置かれる。隣の和真さんだ。
「ナス、好きだろ」
「えっ」
それに驚いたのは、叔母だ。きっと、和真さんはこんな事をしないと思っていたからだと思う。
「あれ? 瑠香、小さい頃からずっとナスが好きなんですよね? 知らないんですか? 親なのに」
叔母を挑発するように話す和真さん。一体、どういう事……?
それを言われ、叔母は少し焦りの色を見せた。だって、叔母さんはこの事を知らないんだから。……小さい頃からずっと、瑠香は好き嫌いがないから助かるわとだけ言われて、一花ばかりだったから。
「い、嫌だわ。もちろん知ってるわよ。でも駄目よ、瑠香。自分が好きだからって旦那さんのをもらうだなんて。和真君だって食べたいでしょ?」
「一口貰うんでかまいませんよ。それに、妻が喜んでくれるならそれで十分ですしね。お気遣いありがとうございます」
「え……」
「それに、代わりにほうれん草も貰いましたし。あぁ、もちろん……瑠香がほうれん草が苦手な事も、知ってますよね」
「しっ知ってるわよ……でも、まだほうれん草が苦手だったなんてがっかりだわ。大人になるまでに克服しなさいって言ったのに。大人なのにそれじゃ恥ずかしいわよ?」
「あぁ、もちろん瑠香は食べられますよ。でも、瑠香が無理して食べるより、苦手じゃない私が食べた方がいいと思いますけどね。ほら、食事は楽しくしたいでしょ」
まさか私の好き嫌いがバレていたとは……
けれど、彼の言う通り、食事は楽しくしたい。本人もそれを大事にしている事はよく知っているし、私も楽しい方が嬉しい。
……ちょっと恥ずかしい事を言うのはやめてほしいけれど。いきなりはやめてください。
「瑠香、これ美味いぞ。甘めだから瑠香も好きだと思う」
「……お、いしいですね」
うん、確かに美味しい。目の前の二人を会話に入れず、二人で話しつつ食事を楽しんでいるけれど……二人だけで話しながら食べるのは、少しだけ安心感を覚えた。
お吸い物を口にする時、ちらりと叔母達を盗み見ると……見ない方が良かったと思ってしまった。あの顔は……周りの目がある時の、イラついている顔だ。無表情で、顔を少しだけ上げて冷ややかな視線を向けてくる。
小さい頃から、この顔が一番嫌いで、怖かった。
でも、今日は隣に和真さんがいる。だから、それほどではなかった。
「一口いいか」
「あ、はい、ど……」
「和真さん和真さん! 瑠香ちゃんナス好きなんだから、私のあげますよ!」
「うまっ。これいいな」
小鉢を彼の目の前に出した一花だけれど、和真さんは目もくれず、私のを食べてしまったがために黙って小鉢を戻した。和真さんがいるにもかかわらず、私を睨みつけてくるから……相当イラついているな。
とりあえず、さっさと食べてさっさと部屋に戻ろう。お風呂は……温泉は入ってみたかったけれどやめておいた方がいい。部屋にあるお風呂にしよう。



