「あ、あの、和真さん。どうして、ここに……?」
「あぁ。実は数週間前、あいつのお父上がコンタクトを取ってきたんだ。こっちにとって実にメリットのありすぎる内容だったが、胡散臭すぎてな。まぁ、若造の社長だからと舐めていたんだろうが……いざパカッとふたを開けてみれば泥だらけときた」
ど、泥……?
「で、娘がいる事を知って呼んでみたら、嫁が来た。……さて、どういうことか説明してもらおうか」
「えっ、あ、その、違くて……」
「何が違うんだ? あぁ、もしお父上に電話したいのであれば、もうすでに俺がしておいたから心配はいらない。一応家だけは残してやるから、安心しろ」
「えっ……」
い、家だけは、残してやる……?
一体どういうことなのか、と聞きたいところではあるけれど……さっき、豊峰さんのお父さんの会社のふたを開けてみた、って言ってたよね。調べたって事だろうけれど……泥がいっぱいあった。
一体、その泥とは……?
その時だった。豊峰さんのスマホが鳴り出した。これは、着信音……?
彼女は、震える手でスマホを取り出し画面を見ると……顔面蒼白で震え出した。もしかして……お父さんからの、電話……とか?
「行くぞ」
「えっ……」
「その頬っぺた、冷やすぞ」
「あ……」
手を繋いできた和真さんは、三人を置いて私とその場を去ってしまった。途中で置いてあった私のバッグを発見し、回収した。スマホもちゃんとある。
けれど……一体、どうなっているの……?
「あ、あの……」
「ん?」
言ってはみたものの、なんて聞いたらいいかな……
「あの、お見合いって、嘘だったんですか……?」
「あぁ、嘘じゃない。ウチのジジイから見合いの話が来たのは本当だ。あのジジイはこの事を分かっていて縁談話を持ち掛け俺に投げた」
わ、分かっていて……?
「どうせ、片づけるか吸収するか好きにしろって事だったんだろうが……あんな胸糞悪いもん死んでも欲しくない。なら壊すに決まってるだろ。洗い流すなんて面倒な事、そもそもやる気はないしな」
「へぇ……」
こ、壊す……倒産、って事……?
そういえば、豊峰さんに家だけは残してやるって言ってたっけ……けれど、豊峰さんのお父さんが経営しているTOYOMINEコーポレーションって会社は、結構大きな会社なんじゃなかったっけ……?
何となく、寒気がしてしまった。大企業の月城グループ……恐ろしい。親からおこぼれをもらった、小さな会社を経営するただの次男、のはずよね……
いや、私が甘かったって事?
今更ではあるけれど……私、ちょっと後悔したかもしれない。
「はぁ、これから鴨肉食いに行くはずだったのに……やっぱり家も潰すべきか?」
「何てこと言ってるんですか!!」
いや、帰る家がないなんて最悪でしょ!!
「……はぁ、じゃあまずはそれ冷やすぞ」
一瞬後悔はした、けれど……やっぱり頭の中はいつも食べ物の事ばかりな和真さんに、呆れてしまいそうにもなった。
いろいろと置いてかれてしまっているけれど……助けてもらった事には変わりない。
「……ありがとうございました」
「気にするな。それより鴨肉だろ」
「あ……ははっ……」
でも今日は、叩かれて赤くなっちゃった頬っぺたを治療しないといけないから、近場の和食店に、という事になった。
早く一緒に鴨肉食べたいな。



