「……で、お前わざとか」
「えっ?」
わ、わざと……?
私、なんかしたっけ?
「俺の名前。わざと呼ばないようにしていただろ」
「……」
……確かに、呼んだことなかった。最初の、「月城和真さんでしょうか」ぐらい、だけだ。
「……無意識、でした」
「ふぅん。一応夫婦なんだから月城って呼ぶなよ」
「……頑張ります」
いや、頑張る要素あったか? と言われてしまったけれど……うん、頑張る要素、ある。異性の名前なんて全然呼んだことないもん。バイトでだって、苗字だし。
だから、間違えないよう気をつけなきゃ。
「あと指輪」
「……はい」
まだ箱からも出していない指輪を、恐る恐る左手の薬指に通した。……書類だけなら、付けなくてもよくない? という文句は、言えなかった。
そして、その後連れて行かれた……とっても素敵な……うん、素敵な……私でもハイブランドだろうなと分かる外装のお店。どこに行くか教えてくれなかったのは、もしかして……そういう事?
ほら行くぞ、と言われても……玄関から3mあたりで、足が止まった。尻込みしてしまった。
お見合いの時の、あのホテルに入る時よりも、はるかに。
「おい、行くぞ」
「……はい」
そして、入り口に入っても足が止まった。いや、ここ私入っちゃダメでしょ。
けれど、「来い」と言いつつ手を繋いで引っ張ってきた彼……和真さんは鬼らしい。
「お待ちしておりました、月城様」
「服とバッグ、あとネックレスチェーンを見せてくれ」
「かしこまりました」
……あの、今、何て言いました……?
服と、バッグ……?
「結婚指輪に合わない」
「……」
それを言われてしまったら……私は何も言えなくなる。けれど……こんなところで買ってしまって、いいのだろうか。
あ、まぁ、借金と叔母への仕送り分が浮いたから……何とか、なる? けれど、私の家のセキュリティーで、大丈夫だろうか。
「俺が買ってやるから気にするな」
「あ、あの、それは、さすがに……」
「ん? 俺が勝手に連れてきたんだ。当たり前だろ?」
当然の事だろ? という顔をされた。え、私が間違ってるの……?
……なるほど、このお金持ちの脳内構造が、私とは全く違うという事か。
「それに、凜華がお前とショッピングすると言っていたんだ。巻き込まれる前に買った方がいい」
「巻き込まれる、前とは……?」
「強引にロリータ着せられるぞ」
……なるほど、そういう事か。確かに、それは勇気がいるな。私は一度も着たことないし、そもそも実際に見た事もない。
凜華さんの趣味は、それか。でも、大学ではそんな服を着ていなかったような……あ、でも近いものではあったけど。
「あいつ、父親と約束して大学じゃ着てないらしいが、休みにあいつに会ってみろ。すごいので来るぞ」
「……なるほど」
「だから、今のうちに買っといたほうがいい。ショッピングに誘われたらこれを理由に断れる。クローゼットにもう入らないってな」
「……一番安いので、お願いします」
「ここ、比較的安いブランドだぞ?」
疑いつつ、ふと近くの服の名札を見たら……なるほど、やっぱり感覚が違うのねと呆れてしまった。



