そんな時だった。スマホの鳴る音が聞こえてきて、七瀬さんがスマホを取ると「ちょっと出てくるね」とスマホを持ってリビングを出てしまった。
そう、出てしまった。私を置いて。
彼と、二人っきりである。やばいな、気まずい……
「おい」
いきなりのその声に、分かりやすいくらいに肩を上げてしまった。動揺していますと言ってるようなものよね、これ……
「……今朝は、悪かった」
一体何を言われるのかビクビクしていたら……流石に謝られるとは思わず、顔を上げて彼に視線を向けてしまった。だいぶ、不機嫌そうに見えるけれど……
「だが両親の件に関しては、俺は気にしていない。馬鹿にしてるわけでもない」
「……勝手に調べないでください」
「それも……悪かった」
……こんなにあっさり謝られると、私は何と言えばいいのか分からない。調子が狂うというか。まぁ、私の思うお金持ちとは全然違うし、そもそも最初の態度を思うと……そう、よね。でも、本気で謝っているのは……何となく、分かる。
「……貴方は勝手に調べたようですけど、私は貴方の事全然知りません」
「小さな会社を経営してるだけの経営者だよ」
ほら、と荷物に手を伸ばし名刺を出してきた。とはいえ、私はそういうのあまり知らない。……ちょっと待って、月城グループ?
「グループと言っても親が作った会社を適当に一つ押し付けられただけだ」
「……私でも知ってますよ、月城グループって」
「そうか?」
確かにお金持ちだった。社長の息子だった。え、本当に? そんな人と一緒に鍋囲ってたの……?
しかも、今朝ほっぺた叩いちゃったし……私、もしかして命が危ない?
「グループのCEOの息子って言ってもただ親のおこぼれ貰ったってだけの次男だ。だから別に気にしなくていい」
「……」
「何だよ、疑ってるのか」
「……やっぱり、やめた方がいいと思いますけど。私、ただの貧乏ですし」
いや、次男だったとしても大企業グループの社長の息子に変わりはないでしょ。分かってないの? このボンボンは。
「けど、今までの見合いで食事して、お前との食事が一番楽しかった」
「……建前はいりません」
今朝も、聞いた。
私と食事して楽しかった。だなんて……どうせ、建前でしょ。……建前の、はず。どうせ貧乏だから、扱いやすいとか、借金とか、お金で何とか出来るからとか、そういう事でしょ。
けれど、そう思いたくないとも思っている。だって、私も楽しかったって分かってるから。
「建前じゃないぞ。小さい頃から食事なんてつまらなかった。実家を出てもどうせ一人で食うかつまらん奴とつまらん話しながらだった。けれど、お前との食事は楽しかった。だから選んだ」
「……」
「シンプルだろ」
「……本気で言ってます?」
「本気だが?」
何当たり前の事言ってるんだ、とでも言いたげな顔を向けてくるけれど……え、本当に、ただ楽しかったからってだけ?



