「ちょっと大丈夫!?」
スマホでも見てるか、と思っていたその時。私に声をかけてきた人がいた。振り向くと……知らない女性がいた。
「びしょびしょじゃない! いじめ!? 誰にやられたの!?」
「あ、あの、大丈夫なので……」
「大丈夫じゃないでしょ! ほらこれ使って! このままじゃ風邪引いちゃう!」
ウェーブのかかったブラウンの長髪を揺らした彼女は、見た目はおっとりなのに……必死な様子で私にハンカチを渡してくる。バッグは大丈夫!? 無事!? と。騒ぎすぎでは、とも思う。流石に500mlの水では風邪は引かない。
「誰!」
「えっ」
「誰にやられたの!」
「……」
ずいっと迫ってくる彼女は、何となく、遠くからだけど見た事があるような、ないような。それより、圧が凄い。これは、言わないといけない……?
「あの、別に自分で何とか出来るので……」
「何とか? 本当に? 今日水かけられちゃったのに?」
「……」
……まぁ、そういう事、ですけど。さて、どう言えばいいだろう。
「その……豊峰さん、達を、私が怒らせてしまって……」
「怒らせて? でも水かけるのは間違ってるよね」
「う……」
「私に任せて、私から言ってみるから!」
「あっあのっ!! 大丈夫!! 大丈夫なので!!」
興奮気味の彼女を、何とか落ち着かせた。けれど、まだ不満そうに頬をふくらませている。
その後、近くのベンチに並んで座った。
「豊峰……あ、あの子ね。あのTOYOMINEコーポレーション社長の娘の。確か、変な噂聞いた事あるから、カモにされてたのはあなただったのね」
「……」
変な噂……一体どんな噂だったんだろう。……それより、さっき叩かれたところ、彼女が濡れたハンカチで冷やしてくれているけれど……自分で押さえられるって言ったのに、引いてくれない。
「ねぇ、名前教えて。私、七瀬凜華ね」
そう名乗り、花のように柔らかい笑顔を見せてくれた。
「大久保、瑠香です」
「じゃあ、瑠香ちゃん。連絡先交換しよ!」
「えっ」
「もしまた呼び出された時には私を呼んで。私が殴ってあげるわ!」
いきなり連絡先を交換……と思っていたら、今度は自分が殴るという言葉が出てきて、素っ頓狂な顔をしてしまった。こんなに可愛い子が、殴るという言葉を出すとは……
綺麗なハートのピアスを揺らし、とても可愛らしい洋服を着こなす彼女、七瀬さん。貧乏だから古着しか着ない私とは全然違うし、この気の強さ? 正義感? も全然違う。
「あっ、お家どこ? 送ってあげる! 私お迎えがそろそろだから一緒に帰ろ。このままじゃ風邪引いちゃうから、早く帰ってお風呂で温まったほうがいいよ!」
「えっ、あ、いや、私電車で……」
「ダメ! こんなにびしょびしょな状態で電車になんて乗れないわ!」
ちょっと待っててね、とスマホを取り出し電話をかけ始めた七瀬さんは……もしかして、と予感してしまった。ま、さか……
「よし、もう来てるって。じゃあ行こ!」
「え、あっ!」
急に立ち上がった七瀬さんに腕を引っ張られ強制的に立たされてしまった。そして、腕に抱き着かれ歩き出してしまったため私も歩かざるを得なかった。
「あ、この後の予定とかある?」
「あ、いえ、何もありません……」
「……敬語は嫌。友達でしょ?」
……友達、ですか。
この人、意外と、いや、だいぶ強引な人?
「……うん」
「そう。それでいいの!」
……らしい。
けれど、さすがに車で送ってもらうのは……アウトでしょ。私が座ったら、車のシート濡れちゃうし。でも、もう七瀬さん電話しちゃったし……どうしたものか。
そう考えつつも校門に向かうと……車が横付けられていたのが見えた。白くて、大きな車だけど、隣の七瀬さんは「ん?」と。あの車、違うの……?



