「ハルちゃん、ちょっとこの画面見てよ」
「ヤスさん、今日はどんなすごい機能作ったんですか?」
もうすぐ定年を迎えるヤスは高齢者向けの健康アプリを作っている。
歩数管理や血圧管理のアプリはいろいろあるけれど、ヤスのアプリはそれらの基本機能に薬服用アラートや食事の管理までついていて、雑誌でも取り上げられるほど人気のアプリだ。
「え? 脳トレ?」
「ボケ防止」
「年を取るとさ、いっぱいいろんなアプリって面倒なんだよね」
俺もスマホにはあまり入れたくないと、ヤスは自分のスッキリしたスマホ画面を見せてくれた。
「ひとつのアプリで健康管理もできてゲームもできたらいいなって」
数年前に我が社で開発したアプリだが、あまり人気がなかった将棋とパズルゲームを組み込んだとヤスは頬の皺を深くしながら笑う。
パズルゲームはシンプルで類似品も多く、有名キャラクターとのコラボをした製品には勝てない。
だが、年配向けならキャラクターなんてない方が好まれるのではないかと思ったと、ゲームのレベルも低く設定し、達成感を重視する内容に変えたとヤスは遥に教えてくれた。
「この人数で今から新しいのを作るのは厳しいけれど、うちの資産を活用すればまだまだいけるよ」
「ありがとう、ヤスさん」
めちゃめちゃ期待していると笑う遥にヤスは「まかせとけ!」と答えてくれた。
社員は減ってしまったが、この会社に残ってくれている人たちにはとても感謝している。
会社を立て直して、みんなに金一封ではなくボーナスを支給したい。
この会社に残って良かったと言ってもらいたい。
遥はフロアにいる社員全員に声を掛けたあと社長室に入り、メールのチェックや書類の確認を行った。
「みんなおつかれさま!」
「おつかれさまでーす」
遥の会社は9時から16時45分まで。
残業代を払う余裕がないので、残業は無しだ。
電気代節約のため時差出勤もNG。その代わり満員電車を避けるために昼休みを45分にした7時間勤務にしている。
「なぁ、ハルカ。今日ダメなら、明日どっか行かね?」
「どっかって、どこに?」
「んー、映画とか、飯とか? たまには気晴らしした方がいいんじゃねーの?」
ずっとバタバタしているだろ? と言われた遥は会社の鍵を閉めながら、佐久間にお礼を言った。
富樫の件もそうだが、佐久間は面倒見がいいのだ。
「実は、これから半年くらい用事があってね」
融資を受けるために半年間の婚約者契約をしたとは言えないけれど。
「土日もねぇのかよ」
「んー。まだよくわからなくて」
今朝引っ越しをしたが、間取りを見せてもらった程度で実際の生活イメージがまったく湧かないのだ。
せめて一週間は生活して、パターンがわかるまでは予定を入れにくい。
「んじゃ、予定が空いたら言えよ」
「ありがと、佐久間」
いつものように二人で電車の駅に向かい、改札を通る。
いつもは同じ方向の電車に乗り、遥の方が先に下りるけれど今日からは反対方向の電車だ。
「今日こっちだから。また月曜日にね」
「おう、またな」
手を振って佐久間と別れ、いつもと反対方向の電車に乗ってたったの二駅。
晴れた日は自転車でもいいかもしれないなと呑気なことを考えながら遥は隼人のマンションへ向かった。
駅の改札から地下道でつながったマンションの入り口は守衛付き。
カードをかざすとガラスの扉が開き、守衛に「おかえりなさい」と言ってもらえる。
なんと答えるのが正解かわからず「おつかれさまです」と言ってしまったがきっと不正解だろう。
3階までは店舗、4階はコンサートホール、15階まではオフィスなので、ここのエレベータには16階から25階までのボタンしかない。
「どれだけ金持ちなのよ」
年齢は3つしか変わらないのに、仕事も大きく括ればライバル関係なのに、天と地ほどの差に遥は肩をすくめる。
エレベータを降り、玄関扉にカードを翳そうと思った遥は、手を止めた。
ただいま? おじゃまします?
どちらもしっくりこないが、無言で入るのもダメな気がする。
「おかえり」
悩んだまま入れない遥をまるで見ていたかのようなタイミングで扉が開き、遥の心臓は飛び出しそうに。
「た、ただいま?」
しまった、つい条件反射でただいまと言ってしまったじゃない!
「いい匂い……」
肉が焼ける匂いを嗅いだ遥が思わずつぶやくと、黒いTシャツに黒い短パンの黒豹のような男は口の端を上げた。
「帰りは19時って言っていたから、まだ出来上がっていないけれどな」
「え? まさか料理を?」
「ただの趣味だ」
どれだけハイスペックな男なの?
遥は料理すらまともにできない自分との差に唖然とし、同時に自分の能力の低さに絶望した。
「アレルギーは?」
「特に」
「酒は?」
「人並みには……」
わかったとキッチンに戻っていってしまった隼人の後ろ姿を眺めたあと、遥はようやく靴を脱ぐ。
廊下からキッチンに立つ隼人を見たが、テレビの料理番組ですか? と聞きたくなるほど現実離れした光景だった。
「ヤスさん、今日はどんなすごい機能作ったんですか?」
もうすぐ定年を迎えるヤスは高齢者向けの健康アプリを作っている。
歩数管理や血圧管理のアプリはいろいろあるけれど、ヤスのアプリはそれらの基本機能に薬服用アラートや食事の管理までついていて、雑誌でも取り上げられるほど人気のアプリだ。
「え? 脳トレ?」
「ボケ防止」
「年を取るとさ、いっぱいいろんなアプリって面倒なんだよね」
俺もスマホにはあまり入れたくないと、ヤスは自分のスッキリしたスマホ画面を見せてくれた。
「ひとつのアプリで健康管理もできてゲームもできたらいいなって」
数年前に我が社で開発したアプリだが、あまり人気がなかった将棋とパズルゲームを組み込んだとヤスは頬の皺を深くしながら笑う。
パズルゲームはシンプルで類似品も多く、有名キャラクターとのコラボをした製品には勝てない。
だが、年配向けならキャラクターなんてない方が好まれるのではないかと思ったと、ゲームのレベルも低く設定し、達成感を重視する内容に変えたとヤスは遥に教えてくれた。
「この人数で今から新しいのを作るのは厳しいけれど、うちの資産を活用すればまだまだいけるよ」
「ありがとう、ヤスさん」
めちゃめちゃ期待していると笑う遥にヤスは「まかせとけ!」と答えてくれた。
社員は減ってしまったが、この会社に残ってくれている人たちにはとても感謝している。
会社を立て直して、みんなに金一封ではなくボーナスを支給したい。
この会社に残って良かったと言ってもらいたい。
遥はフロアにいる社員全員に声を掛けたあと社長室に入り、メールのチェックや書類の確認を行った。
「みんなおつかれさま!」
「おつかれさまでーす」
遥の会社は9時から16時45分まで。
残業代を払う余裕がないので、残業は無しだ。
電気代節約のため時差出勤もNG。その代わり満員電車を避けるために昼休みを45分にした7時間勤務にしている。
「なぁ、ハルカ。今日ダメなら、明日どっか行かね?」
「どっかって、どこに?」
「んー、映画とか、飯とか? たまには気晴らしした方がいいんじゃねーの?」
ずっとバタバタしているだろ? と言われた遥は会社の鍵を閉めながら、佐久間にお礼を言った。
富樫の件もそうだが、佐久間は面倒見がいいのだ。
「実は、これから半年くらい用事があってね」
融資を受けるために半年間の婚約者契約をしたとは言えないけれど。
「土日もねぇのかよ」
「んー。まだよくわからなくて」
今朝引っ越しをしたが、間取りを見せてもらった程度で実際の生活イメージがまったく湧かないのだ。
せめて一週間は生活して、パターンがわかるまでは予定を入れにくい。
「んじゃ、予定が空いたら言えよ」
「ありがと、佐久間」
いつものように二人で電車の駅に向かい、改札を通る。
いつもは同じ方向の電車に乗り、遥の方が先に下りるけれど今日からは反対方向の電車だ。
「今日こっちだから。また月曜日にね」
「おう、またな」
手を振って佐久間と別れ、いつもと反対方向の電車に乗ってたったの二駅。
晴れた日は自転車でもいいかもしれないなと呑気なことを考えながら遥は隼人のマンションへ向かった。
駅の改札から地下道でつながったマンションの入り口は守衛付き。
カードをかざすとガラスの扉が開き、守衛に「おかえりなさい」と言ってもらえる。
なんと答えるのが正解かわからず「おつかれさまです」と言ってしまったがきっと不正解だろう。
3階までは店舗、4階はコンサートホール、15階まではオフィスなので、ここのエレベータには16階から25階までのボタンしかない。
「どれだけ金持ちなのよ」
年齢は3つしか変わらないのに、仕事も大きく括ればライバル関係なのに、天と地ほどの差に遥は肩をすくめる。
エレベータを降り、玄関扉にカードを翳そうと思った遥は、手を止めた。
ただいま? おじゃまします?
どちらもしっくりこないが、無言で入るのもダメな気がする。
「おかえり」
悩んだまま入れない遥をまるで見ていたかのようなタイミングで扉が開き、遥の心臓は飛び出しそうに。
「た、ただいま?」
しまった、つい条件反射でただいまと言ってしまったじゃない!
「いい匂い……」
肉が焼ける匂いを嗅いだ遥が思わずつぶやくと、黒いTシャツに黒い短パンの黒豹のような男は口の端を上げた。
「帰りは19時って言っていたから、まだ出来上がっていないけれどな」
「え? まさか料理を?」
「ただの趣味だ」
どれだけハイスペックな男なの?
遥は料理すらまともにできない自分との差に唖然とし、同時に自分の能力の低さに絶望した。
「アレルギーは?」
「特に」
「酒は?」
「人並みには……」
わかったとキッチンに戻っていってしまった隼人の後ろ姿を眺めたあと、遥はようやく靴を脱ぐ。
廊下からキッチンに立つ隼人を見たが、テレビの料理番組ですか? と聞きたくなるほど現実離れした光景だった。



