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“来て”
昼休みが始まってすぐ、たった2文字で呼び出された。
私を呼びに来たミナとマキの誘いを断って、あの空き教室へと向かう。
前はあんなに重かった足取りが、今は軽さすら感じる速度。
日常から隔離されたドアを開けると、もう高峰くんはそこにいた。
「珠桜。」
呼ばれると、胸が疼く。
「……気安く呼ばないでください。」
「えぇ、まだダメ?」
片微笑む高峰くんは、今日も楽しそうだった。
「俊平、星野さんと付き合うことになったんだって。」
窓際に並んで空を見ながら、独り言の様に言った。
高峰くんも何も言わない。
ただ横目に私を見ただけだ。
「別にいいんだ。元に戻っただけって言うか……
何も変わらずそのままって言うか。」
口角を上げかけて、ハッとする。
平静を装う癖が出てしまった。
「“そのまま”、ね。」
呟きが聞こえた気がして高峰くんの方を見ると、無表情でこっちを見ている。
気まずく視線を彷徨わせたところで、その視線から逃げられない。
観念して目を伏せて、口を窄める。
「……髪でも切ろうかな。」
元々俊平の好みに合わせてただけだったし。
そう言ったら高峰くんの手が伸びてきて、私の髪を掬い取った。
「珠桜は長い髪の方が似合う。」
持ち上げた髪を、自分の口元に当てがって微笑む。
その顔の半分は明るくて、もう半分は影が落ちる。
夏の日差しのせいで、その陰影がよりくっきりと分かれていた。
「俺はこっちの方が好き。」
上目遣いが妖しく光る。
――本気じゃない。
わかっているのに胸が締まる。
そのまま緩く髪を引っ張られて、影が重なり合う。
結局髪は切らないまま。
また、高峰くんに流されてしまった。



