ハニートラップ


***


“来て”


昼休みが始まってすぐ、たった2文字で呼び出された。

私を呼びに来たミナとマキの誘いを断って、あの空き教室へと向かう。


前はあんなに重かった足取りが、今は軽さすら感じる速度。


日常から隔離されたドアを開けると、もう高峰くんはそこにいた。



「珠桜。」


呼ばれると、胸が疼く。


「……気安く呼ばないでください。」

「えぇ、まだダメ?」


片微笑む高峰くんは、今日も楽しそうだった。



「俊平、星野さんと付き合うことになったんだって。」

窓際に並んで空を見ながら、独り言の様に言った。


高峰くんも何も言わない。
ただ横目に私を見ただけだ。


「別にいいんだ。元に戻っただけって言うか……
何も変わらずそのままって言うか。」


口角を上げかけて、ハッとする。
平静を装う癖が出てしまった。


「“そのまま”、ね。」


呟きが聞こえた気がして高峰くんの方を見ると、無表情でこっちを見ている。


気まずく視線を彷徨わせたところで、その視線から逃げられない。

観念して目を伏せて、口を窄める。



「……髪でも切ろうかな。」

元々俊平の好みに合わせてただけだったし。

そう言ったら高峰くんの手が伸びてきて、私の髪を掬い取った。


「珠桜は長い髪の方が似合う。」

持ち上げた髪を、自分の口元に当てがって微笑む。

その顔の半分は明るくて、もう半分は影が落ちる。
夏の日差しのせいで、その陰影がよりくっきりと分かれていた。


「俺はこっちの方が好き。」


上目遣いが妖しく光る。


――本気じゃない。
わかっているのに胸が締まる。


そのまま緩く髪を引っ張られて、影が重なり合う。




結局髪は切らないまま。
また、高峰くんに流されてしまった。