ハニートラップ


雨上がりの湿った匂いのする帰り道の住宅街。
持ってきた傘は今、無用の長物だ。

スタスタと足早に歩く私の靴音に、数歩後ろからゆったりとした足音がずっと重なっている。


「……なんで着いてくるんですか!」

「いいじゃん。俺の勝手でしょ?」


ポケットに手を突っ込みながら、高峰久哉はなんの悪びれもなくそう言った。
上機嫌に笑うこの男に、私の眉間の皺はどんどん深くなるばかりだ。


「ねぇ、珠桜ちゃん。」
「気安く呼ばないでください。」


勢いよく振り返ると、長い髪が空を切る。
向き合うとやっぱり体が強張るけど、頑張って怖い顔を保った。

高峰久哉はきょとんとして少し黙ると、また楽しそうに笑い出す。


「えー?じゃあなんて呼べばいいの?」

「……呼水さん、とか。」

「可愛くないなー。その呼び方。」


子どもみたいに唇を尖らせた高峰久哉の手が、こっちに伸びてくる。


何度も同じ目には遭わない。


そう心の中で意気込んで、高峰久哉に向かって持っていたビニール傘を勢いよく広げた。

バッという傘が膨らんだ音と一緒に、水滴が弾け飛ぶ。
顔や髪にかかる飛沫に、高峰久哉は煩わしそうに目を細めた。

「――ホント、可愛くないなぁ。」

透明なビニール越しにぼやける顰めっ面の私を見つめ、その口端がピクリと引き攣る。