ハニートラップ


深夜の繁華街。

存在を誇示するような派手な風貌の集団と、下品な騒ぎ声。
煙草とか香水とか、色んなものが混じる不純な臭い。


珠桜と出会う前に、あっという間に逆戻りした。


“今日相手して”

そう言う条件だったから、一晩付き合ってやったのに。
珠桜と鉢合わせた直後、杏奈はそれをあっさり翻してきた。


『やっぱ、1回じゃ釣り合わないなぁ。
――付き合ってよ、私と。』

人の弱みを握って下衆に歪んだ笑顔。

「あ、ちなみに。
呼水珠桜ちゃんとはもう関わらないでね?」


“さもないと珠桜に危害を加える”

そんな圧に、俺は黙ってしまった。



騒音のような馬鹿話を遠くに聞きながら、ネオンが掻き消す夜空をぼんやりと眺める。

学校に行く気も起きずにズルズルと流されていたら、いつのまにか春が終わっていた。


空っぽな夜をテキトーにやり過ごして、まだ寝静まる住宅街を独りで歩く。


――珠桜に触れた余韻を引き摺りながら、ダラダラ歩く帰り道が好きだった。

朝焼けが目に染みる。
家までの道が嫌になって、あまり家にも帰らなくなった。


(……珠桜……。)

もう珠桜に触れた余韻の残骸も残らない手を、未練がましく握りしめる。


会いたい。
1秒たりとも忘れられない。


脅されてさえなければ――

(……いや、脅されてなくても、か。)

あの朝の、傷付いた珠桜の顔を思い出して視界が翳る。

ぐずぐずに崩れそうだった目。
何か言おうとして開きかけた唇を、ギュッと結んで背を向けられた。


(また俺が、“そう”させた。)


解いて脱力した手の平を見れば、なんか汚れきっている気がした。