ハニートラップ


「――高峰 久哉。」


うすら笑いの唇が紡ぐ、タイムリーな名前。
色素の薄い双眸が、ふっと細くなり強烈な色香を放つ。

「覚えておいてね、珠桜ちゃん?」

冷たい指先が、私の顎を掴む。
唇を拭った手の隙間に滑り込んだ親指が、私の唇をなぞった。

その感触は氷みたいに冷たいのに、顔はカッと熱くなる。

理由のわからない鼓動が、またうるさく胸を打つ。

私の様子に幾分満足したように高峰久哉は笑みを深めると、よいしょ、と立ち上がった。


私はへたり込んだまま、呼吸の仕方を必死に思い出している。

高峰久哉はそんな私を見下ろして、綺麗な顔でポンと私の頭に手を置いた。


「……じゃ、また“放課後”ね。」



“YES以外は許さない”

そう言うみたいにあっさりと踵を返して教室を出ていく。
カララ、と閉まっていくドアが、また無情に光を遮った。



――ファーストキスだったのに。


思った時にはもう遅い。
窓を打つ雨の音が、私の心をざわつかせる。

悔しいのか悲しいのかわからない感情が込み上げてきて、とにかく逃げなくちゃ、と強く思った。