ハニートラップ


トン、と私の真上で男が壁に腕をつく。


薄暗い教室がさらに暗くなって、それなのに彼の嬉しそうな微笑みだけは光っている。



「やっと会えた。――珠桜。」


名前を呼ばれて息が止まる。


……どうして私を知ってるの?


躊躇いもなく顔が近づいてきて、視界が全部その人になる。
驚いてした瞬きの間が、スローモーションに感じられた。


吸った息が体に留まる。

なんの予備動作も、何かが掠めることもなく、真っ直ぐ唇だけに何かが触れる感触。


引っ掛かるべきところはいくつもあるのに、思考を全部奪われた。