「練習の成果を見せるわ」
「本当に料理をしていたんだな」
 悠斗は目を細めて、少し意地悪な笑みを浮かべている。
 
「嘘だと思ったの!?」
 前回よりも遥かにうまくなったキュウリの斜め切りを見せつけた綾香に、悠斗はごめんごめんと笑った。
 その笑顔に綾香の心臓がドキッと跳ねる。
 
「じゃあ俺は鯛めしの準備だな」
 悠斗は鯛に塩を振り、下ごしらえを始める。
 その横顔は真剣で、スーツの悠斗と同じくらいカッコよく見えた。
 
「オーブンで焼くの?」
「香ばしい方が好きなんだ」
 手間がかかった鯛めしなんて、おいしいに決まっている。
 綾香はグゥと鳴った食いしん坊な自分のお腹を手でこっそり押さえた。

「次は何を手伝えばいい?」
 無事にサラダが完成した綾香が声をかけると、悠斗は冷蔵庫から人参、レンコン、里芋、鶏肉を取り出す。
 
「煮物を作るけれど、どれなら切れる?」
「鶏肉……」
 皮は剥けないの! と綾香が言い訳をすると、悠斗は声を上げて笑った。

「一緒にやろう」
 皮は悠斗が剝いてくれる。

「乱切りできるか?」
「たぶん?」
「こうして……」
 できないと思ったのだろう。
 悠斗に左手を包み込まれた綾香は、今日も飛び出しそうな心臓と闘う羽目になった。
 
 キッチンに漂う醤油と出汁の香ばしい匂い。
 コトコトと穏やかな音を立てて煮込まれる煮物。
 そして、二人の間を流れる甘く、そして少しだけ緊張した空気。
 
 どちらからというわけでもなく、なんとなく見つめ合った二人の顔が近づいていく。
 もう少しで唇に触れそうな瞬間、タイミングを見計らったかのように炊飯器の音が鳴った。

 ハッと我に返った綾香は真っ赤な顔に。
 チラッと悠斗の方を見ると、耳が真っ赤なことに気が付いた。
 
 気まずさを誤魔化すように二人は炊飯器のもとへ。
 炊飯器のフタが持ち上がりきった瞬間、ふっくらと炊かれたご飯の上に鯛が輝く。

「美味しそう!」
「いい匂いだ」
 鯛めしから立ち昇る湯気と香りに、同時に歓声を上げた二人は顔を見合わせながら笑った。