「確かに、ゲームの知識がある野々山では、市場調査に偏りが出そうです」
 無意識のうちに自分の好きなジャンルに引き寄せられる可能性が高いと上司は頷く。

「今回は市場調査・分析ですが、ゆくゆくはテレビCM、Web動画広告なども」
「では、このまま佐藤で」
 そんな簡単に担当変更!?
 驚いて振り向いた綾香に、上司は小声で「結果を出すんだぞ」と囁いた。
 
 悠斗と仕事ができるのはうれしいけれど、そんなプレッシャーをかけなくたって!
 ここは大手ゲーム会社。
 ここで契約を取れれば、来期以降のビッグクライアントになることは間違いない。
 そんなことは上司に言われなくてもわかるけれど、でも責任重大過ぎない?

「このあとメールで詳細を送りますので、早めに見積書と納期の回答がほしいです」
 悠斗からメール!
 いや、仕事のメールだけれど。
 もう会えないと思っていたのに、こんな偶然、神様の悪戯としか思えない。
 
「早急に回答します」
 がんばるしかないよね。
 結果を出して少しでも長く一緒に仕事をしたい!

 上司と一緒にお辞儀をして、悠斗の会社を出た綾香は思わずにやけてしまう顔を隠すことができなかった。
 会社に戻るともう悠斗からメールが届いている。
 メールは2通。
 1通目は上司にも送られている要求内容が添付されたビジネスメール。
 もう1通は――。

「今日、あの時間にあの場所で」
 たったそれだけが書かれたメールなのに綾香の心臓が跳ね上がる。

 絶対、行く!!
 綾香は超特急で残りの仕事を終わらせ、路地裏に佇む、古びたスーパーマーケットに向かった。

 
 オリジナルソングのBGMが流れる店内は、カニ事件の日と変わらない。
 入り口にも野菜コーナーにもあまり人がいないのに、鮮魚コーナーだけは人が集まり静まり返っている。
 綾香は棚にもたれかかっている悠斗を見つけ、思わず馴れ馴れしく手を上げてしまった。

 もうスーツではなく、ニットにGパンの悠斗が手を上げ返してくれる。

「よかった。来てくれて」
 来るに決まっているじゃない!
 思わず心の声が漏れそうになった綾香は、口をつぐみ口角を上げた。

 鮮魚コーナーのタイムセールまであと5分。