「……少しだけパソコン借りてもいい？」
「どうぞ。これでよければ」
　悠斗はパソコンの前の椅子を引き、座りやすくしてくれる。
　綾香は遠慮なく、システムエンジニアの仕事場に座らせてもらい、USBメモリを接続した。

「すごいマウスね。キーボードも」
「長時間打っても指が疲れないキーボードと、できるだけ手を動かさなくてもいいマウスだ」
　なんて効率的な環境。
　普段効率を求めているのに、マウスやキーボードをこだわるなんて気持ちがまったくなかったなと綾香は自分に呆れた。

　しばらくパソコンを占領し、忘れないうちに反映させてもらう。
　本当は家に帰ってからやるべきだが、悠斗に見てもらいたいと思ってしまった。

「どうかな？」
　綾香が声をかけると、後ろから悠斗が覗き込む。

「そうだな……」
　マウスに置いた綾香の手ごと包み込んだ大きな悠斗の手に驚く間もなく、画面の文字の大きさと色が変えられた。

「おそらく、男と女は見え方が違う」
「女性の方が視野が広いのよね？」
「男は流し読みするんだ」
　悠斗は綾香の手ごとマウスをカチカチと動かす。
　
「効果の数字や結論だけ目立たせればいい」
　見せた時と文字のバランスがだいぶ変わった画面に、綾香は首を傾げた。
　
「女性は『今なら1ヶ月無料』にときめくのよ」
「男は根拠に基づいたデータが見たい」
　だいぶ違うのねと何気なく見上げた綾香は、思ったよりも近くにあった悠斗の顔にドキッとする。
　真剣に考えてくれている悠斗に申し訳ないくらい、ドキドキしてきてしまった綾香は真っ赤な顔に染まった。

「コレでどうだ」
　綾香と目が合った悠斗は、ようやく手を重ねながら密着していたことに気づき、パッと離れる。

「……あ、えっと。ありがとう」
　綾香はドキドキを誤魔化すかのように、モニタを見つめ、ファイルを保存する。
　USBメモリを取ると、椅子から立ち上がった。

「本当にいろいろありがとう」
　綾香がペコリとお辞儀をすると、悠斗の大きな手が頭に乗る。

「がんばれよ」
　飯もちゃんと食えよとアドバイスをもらった綾香は、悠斗の大きな靴を借りてマンションを出た。