「そんなことしなくていいのに」
「洗い物くらいしかできないから」
 おいしい夕食をごちそうになった綾香は、せめて洗い物くらいはと手を上げた。

 綾香が洗い、悠斗が皿をふきんで拭くとあっという間に片付いてしまう。
 最後にシンクをさっと洗った綾香のために、悠斗はコーヒーを淹れてくれた。

「飲む時間あるか?」
 急いで帰って仕事かと聞かれた綾香は、気まずそうに微笑む。

「仕事だから、どうでもいいって言っちゃいけないんだけど、もっと大事なことがあるんじゃないかってやっと気づいたの」
 普段の睡眠は平均4時間。
 効率だけを求めた食事、生活リズム。
 がむしゃらに働いても鶴のひと声で覆る結果に焦って、どんどん自分の首を絞めていく。
 
「ありがとう。あなたのおかげよ」
 綾香はコーヒーを手に取りながら、「温かい」と思わずつぶやいた。

「真冬でも缶コーヒーは冷たいものを買って、いっき飲みしていたのよ」
 馬鹿みたいと綾香は笑う。

「すぐ飲めるから効率的だと思って」
 カフェインを摂取しつつ、喉を潤すためだけの飲み物だから温かさはいらない。
 そんなことを思っていた自分に、この温かくておいしいコーヒーを差し出してもきっと飲まなかっただろう。

 綾香は鞄から今日ダメ出しされた資料を取り出した。

「それは?」
「コンセプトが弱いって言われた資料」
 綾香はパラパラと見返すと、溜息をつきながらテーブルに資料を置いた。

「……見てもいいか?」
「本当は良くないけれど、いいわよ」
 どうせボツだしと綾香は自嘲する。
 悠斗は資料を手に取ると、綾香が思っていたよりも真剣に資料を眺めた。