「すごいわ」
 天才だと褒める綾香を笑いながら悠斗はカニのパックに手を伸ばす。
 
「カニ汁にするか? 温まるぞ」
「このカニでできるの?」
 悠斗はカニの足を簡単に外し、包丁で斜めに切っていく。
 大根、人参、油揚げに豆腐まで入れられた鍋にカニが投入され、最後は味噌と細く切った長ネギが入れられた。

 カニ汁を作っている間に煮物も完成する。
 湯気が立つ料理を久しぶりに見た綾香のお腹がグゥと鳴った。

「サラダは作れるか?」
「そのくらいなら」
 レタスは手でちぎり、カニカマはほぐしただけ。
 ツナ缶も開けて乗せただけ、最後に最難関のキュウリが綾香の前に立ちふさがった。

 大丈夫。小学校の時に家庭科でやったはず。
 綾香は包丁をグッと握り、キュウリに挑む。

 仕事の資料作成なら秒でできるのに、包丁が扱えないなんて。
 なんでキュウリは丸いのよと心の中で文句を言いながら、綾香はキュウリの先端を切り落とした。
 
「危ないな」
 悠斗は綾香の左手を見た瞬間、後ろに回り込む。

「こうだ」
 悠人の手が綾香の冷たい左手にそっと重なり、指が曲げられ、右手の包丁を持つ手も上から包まれてしまった。

「包丁は、前に押し出すように」
 スッと切られていくキュウリよりも、このバックハグのような体勢の方が気になって仕方がない。
 悠斗の手は温かく、指も長くて男の人の手を表現するには不適切かもしれないが、綺麗だと思った。

 トントンとリズムよく切られていくキュウリ。
 飛び出しそうな自分の心臓。
 綾香は真っ赤な顔を隠すことができないまま、悠斗と一緒にキュウリを切った。