高校2年生の春。私は親の都合で沖縄のある離島に引っ越してきた。
2年に1回の転校なのでもう慣れたが人と関わることは引越しの度に苦手になっているような気がする。
私は前の学校から続けてダンス部に入り毎日練習に励んでいる。
踊っている間ののびのびした感覚がとても好きだった
紅葉が色づき始めてきた大会前の練習。いつものように部室のドアを開けた。
そこに、初めて見る女の子がいた。
「今日から大会の助っ人として参加してくれる神谷凛音さんです。忙しい時期にありがとう」
先生がそう紹介した。
小さな学校のダンス部、迫力のある演技にはどうしても人数が必要だ
少し緊張した声で、凛音は深く頭を下げた。
「まだ慣れないことばかりですが、よろしくお願いします!」
高校1年生、私の1つ下なはすなのに
その真剣な顔つきに、自然と背筋が伸びる。
芯の通った声、細やかな動き、そこにある集中の強さ——
目が離せなくなる。
そして踊り始めた瞬間、指先はしなやかで、表情は力強く、音と一体となって踊っていた。
私とは違う人間だ——そう、すぐに思った。
練習が一段落したタイミングで、気づいたら体が動いていた。
衝動のまま、私は部室の隅で休む凛音の横に座り、声をかけていた。
「はじめまして。白井雪海です。よろしくね」
驚くほどすっと声が出た。
先輩らしく見せたい気持ちが先走って、ほんの少しだけ偉そうな言い方になってしまった。
「よろしくお願いします!」
凛音はぱっと表情を明るくして笑った。
さっきまで踊っていたときの集中した顔とはまるで違う。
柔らかくて、包み込むような優しい笑顔だった。
「すごくダンス上手だよね。なにかやってたの?」
自分でも驚くくらい自然に会話を続けたいと思った。
「見よう見まねですけど、よく踊ってました。体を動かすのが好きで……友達に誘われて、今回だけでもって感じで」
「そうなんだ。部員少ないから、ほんと助かる。ありがとう」
そう言うと、凛音は小さく「いえ」と笑った。
会話はそれだけだった。
それなのに話し方、声のトーン、会話のテンポ。
ぜんぶ、私に合わせてくれているような気がした。
心地よい——
そんな感覚を覚えたのは、たぶん初めてだった。
それからの日々は、少しずつ変わっていった。
練習中、ふと目が合う回数が増えた。
そのたびに凛音は、気づいているのかいないのか分からない表情で、ほんの少し口元を上げる。
私はといえば、視線をそらすふりをして、
結局また凛音を追ってしまう。
その時私も口元が緩んでいたのは気のせいだったことにしたい。
そんなある日。
「雪海先輩、ここよく分からなくて、一緒に確認してくれませんか?」
練習終わりの体育館。
他の部員は帰っていき段々と人の気配が去っていく。
「うん、いいよ」
スマホに流れる音楽。
夜の体育館で響く足音。
あたりは暗く少し肌寒いはずなのに何だか暖かった。
ふと、凛音の声が響く。
「リズムに合わせて踊るのって、難しいですよね」
「……私まだまだ苦手だな。凛音を参考にさせてもらってる」
そう言うと、凛音は一瞬だけ驚いたように目を逸らし少し照れたような表情になった。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
“嬉しい”。
たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が熱くなる。
それから友達作りすら苦手な私にとって部活で凛音と話す時間はかけがえのないものだった。
***
その日、片付けを終えて外に出ると、空はすっかり紺色に染まっていた。
月が当たりを照らし、空気は少しひんやりしている。
帰り道を並んで歩くのは初めてだった。
けれど沈黙は気まずくなくて、
むしろ心地よかった。
不意に凛音が口を開く。
「先輩って……なんか、不思議ですよね」
「え、不思議?」
「なんかこう……近いようで遠いっていうか。掴めそうで掴めない感じです」
思わず笑ってしまう。そんなこと今まで言われたことなんてなかった。
ただ壁があるとか距離があると思われてなかったらいいなとは思った
「それ褒めてる?」
「褒めてます。たぶん」
たぶん。
妙に深刻そうに、曖昧ささえ、なんだか可愛かった。
凛音は続ける。
「でも……好きです。その感じ」
周りの音が少し止まる。
息をそっと吸い込んだ。
べつに大したことの無いパッと出た言葉だったと思う。
だけど——
何だか大切にしたい言葉だった。
「……ありがと」
それだけ返すので精一杯だった。
私もその場ですぐに返せる人になりたい。
***
その夜、布団に入っても眠れなかった。
まぶたを閉じれば、凛音の笑顔と声が浮かぶ。
あの言葉が頭に響く。
――好きです。その感じ。
胸の奥がじんわり熱を帯びる。
名前を呼びたくなって、
触れたくなって、
傍にいたいと思ってしまった。
これが本当に当てはまるのかまだ分からない
明確にきっかけがある訳では無い。
でもそんな自分に気づいてしまった。
ただこの気持ちはいらない。
2年に1回の転校なのでもう慣れたが人と関わることは引越しの度に苦手になっているような気がする。
私は前の学校から続けてダンス部に入り毎日練習に励んでいる。
踊っている間ののびのびした感覚がとても好きだった
紅葉が色づき始めてきた大会前の練習。いつものように部室のドアを開けた。
そこに、初めて見る女の子がいた。
「今日から大会の助っ人として参加してくれる神谷凛音さんです。忙しい時期にありがとう」
先生がそう紹介した。
小さな学校のダンス部、迫力のある演技にはどうしても人数が必要だ
少し緊張した声で、凛音は深く頭を下げた。
「まだ慣れないことばかりですが、よろしくお願いします!」
高校1年生、私の1つ下なはすなのに
その真剣な顔つきに、自然と背筋が伸びる。
芯の通った声、細やかな動き、そこにある集中の強さ——
目が離せなくなる。
そして踊り始めた瞬間、指先はしなやかで、表情は力強く、音と一体となって踊っていた。
私とは違う人間だ——そう、すぐに思った。
練習が一段落したタイミングで、気づいたら体が動いていた。
衝動のまま、私は部室の隅で休む凛音の横に座り、声をかけていた。
「はじめまして。白井雪海です。よろしくね」
驚くほどすっと声が出た。
先輩らしく見せたい気持ちが先走って、ほんの少しだけ偉そうな言い方になってしまった。
「よろしくお願いします!」
凛音はぱっと表情を明るくして笑った。
さっきまで踊っていたときの集中した顔とはまるで違う。
柔らかくて、包み込むような優しい笑顔だった。
「すごくダンス上手だよね。なにかやってたの?」
自分でも驚くくらい自然に会話を続けたいと思った。
「見よう見まねですけど、よく踊ってました。体を動かすのが好きで……友達に誘われて、今回だけでもって感じで」
「そうなんだ。部員少ないから、ほんと助かる。ありがとう」
そう言うと、凛音は小さく「いえ」と笑った。
会話はそれだけだった。
それなのに話し方、声のトーン、会話のテンポ。
ぜんぶ、私に合わせてくれているような気がした。
心地よい——
そんな感覚を覚えたのは、たぶん初めてだった。
それからの日々は、少しずつ変わっていった。
練習中、ふと目が合う回数が増えた。
そのたびに凛音は、気づいているのかいないのか分からない表情で、ほんの少し口元を上げる。
私はといえば、視線をそらすふりをして、
結局また凛音を追ってしまう。
その時私も口元が緩んでいたのは気のせいだったことにしたい。
そんなある日。
「雪海先輩、ここよく分からなくて、一緒に確認してくれませんか?」
練習終わりの体育館。
他の部員は帰っていき段々と人の気配が去っていく。
「うん、いいよ」
スマホに流れる音楽。
夜の体育館で響く足音。
あたりは暗く少し肌寒いはずなのに何だか暖かった。
ふと、凛音の声が響く。
「リズムに合わせて踊るのって、難しいですよね」
「……私まだまだ苦手だな。凛音を参考にさせてもらってる」
そう言うと、凛音は一瞬だけ驚いたように目を逸らし少し照れたような表情になった。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
“嬉しい”。
たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が熱くなる。
それから友達作りすら苦手な私にとって部活で凛音と話す時間はかけがえのないものだった。
***
その日、片付けを終えて外に出ると、空はすっかり紺色に染まっていた。
月が当たりを照らし、空気は少しひんやりしている。
帰り道を並んで歩くのは初めてだった。
けれど沈黙は気まずくなくて、
むしろ心地よかった。
不意に凛音が口を開く。
「先輩って……なんか、不思議ですよね」
「え、不思議?」
「なんかこう……近いようで遠いっていうか。掴めそうで掴めない感じです」
思わず笑ってしまう。そんなこと今まで言われたことなんてなかった。
ただ壁があるとか距離があると思われてなかったらいいなとは思った
「それ褒めてる?」
「褒めてます。たぶん」
たぶん。
妙に深刻そうに、曖昧ささえ、なんだか可愛かった。
凛音は続ける。
「でも……好きです。その感じ」
周りの音が少し止まる。
息をそっと吸い込んだ。
べつに大したことの無いパッと出た言葉だったと思う。
だけど——
何だか大切にしたい言葉だった。
「……ありがと」
それだけ返すので精一杯だった。
私もその場ですぐに返せる人になりたい。
***
その夜、布団に入っても眠れなかった。
まぶたを閉じれば、凛音の笑顔と声が浮かぶ。
あの言葉が頭に響く。
――好きです。その感じ。
胸の奥がじんわり熱を帯びる。
名前を呼びたくなって、
触れたくなって、
傍にいたいと思ってしまった。
これが本当に当てはまるのかまだ分からない
明確にきっかけがある訳では無い。
でもそんな自分に気づいてしまった。
ただこの気持ちはいらない。
