『ようやく追いつめたわよ!まさかあなたが、連続爆弾魔だったとはね』



ビルの屋上で犯人と向き合うのは、女子高生探偵の花御堂(はなみどう)カノン。

ビル風が吹きつける屋上には、きんちょう感が漂っていた。



『来るな!俺の手には起爆スイッチがある。近付いたらお前らも吹っ飛ぶぞ!』



怖い顔でカノンをにらむ男は、シンジェク、シブヤで爆破事件を起こした凶悪犯。

しかも犯人は、カノンたちの捜査に協力していた刑事の丸山さんだった!

このままだと、カノンたちも、ビルにいる人たちも爆発で死んでしまう。



「カノンちゃん……!」



テレビの前に正座した私は、食い入るように画面を見つめる。

ドラマの緊迫した場面にハラハラしていると、



「わーっ!また、たまご焦がしちゃった!」



キッチンから、気の抜けるような声がした。


その声は、ドラマの中で熱い言葉で犯人を説得しているカノン……じゃなくて。

キッチンでごはんを作っている私のママのものだ。



「ママ、だいじょうぶー?」

「もちろん!ケチャップで焦げたところをかくしたら、問題ナシよ!」



ママは、グーサインを返してくるけど、問題しかないような……。

私のママ、東雲玲奈(しののめれいな)は、天才女優って呼ばれてる。

だけど、家でのママは失敗ばかり。

画面の中のカノンとは、別人みたい。



『一人で勝手に死ぬなんて許さない!傷付けた人の分だけ、生きて反省しなさい!』



ビルから落ちそうになった犯人を引き上げたママは、犯人にそう言い放つ。

がっくりとうなだれた犯人は、ママに完全敗北って感じ。


「ママ、かっこいい!」


恋するヒロインに、パティシエ。時代劇のお姫様に、凶悪犯を追う刑事さん。

それから、なんと言っても名探偵!

ドラマや映画の中で、たくさんの役柄を演じるママは、幼い私の憧れだった。



「でしょでしょ?興味あるならさ、ひなこも女優さんになる?」

「じょゆーさん?」



私がきょとんとしていると、ママはリビングにいる私のところに来てくれる。

ママは私と目線を合わせるようにしゃがむと、



「女優さんってね、役の数だけ違う自分になれるとっても素敵なお仕事なの!観ている人を幸せな気持ちにもできるし、一石二鳥ってやつ!」



にっこりほほ笑むママに、私は目を輝かせる。



「本当に⁉︎ひなも女優さんになりたい!ひなもママみたいになるの!」

「よーし。じゃあ、ママと練習しようか!」

「うん!ママと一緒にドラマに出るの!約束!」

「うん。ゆびきりげんまん!」





『ひなね、大きくなったら女優さんになる!』



というのが私、東雲(しののめ)ひなこのこどもの頃の口ぐせ。

だけど十二歳になった私は、現実ってやつを知ってる。

いくらママが伝説の女優でも、その子供まで特別な才能を持っているわけじゃない。

だから今の私が口にできる夢は、


「晩ごはんはハンバーグがいいなぁ」


ってことくらい。

これは、叶えられちゃう。

なんてったって、我が家のシェフは私だから。



日曜日の住宅街は、おだやかな時間が流れてる。

さんぽ中のゴールデンレトリバーも、ぽかぽか陽気に目を細めてる。



「とか言って、どうせ豆腐ハンバーグでしょ?」

「あたり。名探偵だね、アオ」

「さっきスーパーで、たくさん豆腐買ってたじゃん」



弟のアオは小学三年生。

朝からスーパーを三軒はしごしたからか、おつかれモードみたい。

両手に持ったエコバックからは、一束九九円のネギがのぞいている。




「おれ、肉が食いたいんだけど」

「しょうがないでしょ。うち、びんぼうだし」



女優だったうちのママは、私が小学三年生の頃に亡くなった。

ママは、稼いだお金をボランティア団体に寄付していたから、ママの貯金はすずめの涙だ。



「あーあ。父さんがだまされて、あやしいつぼとか置物とか買わなきゃな」

「しかたないよ。ママの病気が治るようにって、パパも必死だったんだから」



ママのことが大好きだったパパは、まんまと霊感商法ってやつにはまってしまった。



「まあ、あの頃の父さん、不幸続きだったもんな」



たとえば、階段から落ちて全治三か月のけがを負ったり。


パパが社長を務めていた芸能事務所がつぶれたり。


たぶん、ママのことで頭がいっぱいだったパパが、うわの空だったことが原因だと思う。

だけど、


「ふがいないお父さんで、ごめんなあ……」


泣きながらあやまられると何も言えなくなる。

だってパパは、ママのことを本気で心配していただけだから。



「うん。私たちのために、朝から晩まで働いてくれてるし。いいパパだよね」

「だな」



生活によゆうがあるわけじゃないけど、不幸なわけじゃない。

アオと話しながら、のんびり歩いていると、


「ひっなこー!」

「わっ⁉︎」


明るい声とともに、誰かが背後から抱き着いてきた。

なに⁉︎ 敵襲⁉︎


おびえて振り返った私だったけど、なんてことない。

そこにいたのは、クラスで一番仲が良いルミ子だった。

私はあやうく落としかけた荷物をかかえ直して、



「急に飛びついて来たら危ないよ」

「ごめん、ごめん。テンション上がっちゃってさ!」



ルミ子は、てへっとお茶目に笑う。

今日もルミ子は、ティーン向け雑誌の表紙を飾れそうなオシャレな服装だ。

ジャージ姿で髪を一つにまとめただけの私とは、大ちがい。



「あっ、アオくんもこんにちはー!あいかわらずの美少年ね!」

「……はあ、どうも」



目をハートにするルミ子に、アオはなんでもないみたいに言う。

たぶん、言われ慣れてるんだと思う。

アオはママに似てきれいな顔立ちをしているから。


ルミ子だけじゃなくて、私の同級生や近所のおばさんは、みんなアオにメロメロだ。

おかげで、おかずのおすそ分けがもらえたりする。

グッジョブ、アオ!




「それより、ルミ子。そんなにはしゃいで、どうしたの?」

「よくぞ聞いてくれました!」


ルミ子は、ぐふふっと笑みを深めて、


「これから、“アクセル”のライブがあるの!」

「アクセルって?お笑いコンビ?」

「ちっがーう!はあ⁉︎マジで知らないの?女子中学生の常識なんだけど⁉︎」



ルミ子はカッと目を見開いて、私が知らない世界の常識を語る。

私はじゃっかんの気まずさを感じて、



「ごめん、ごめん。コンビじゃなくてトリオだよね」

「だから、芸人じゃないっつの!」



するどいツッコミをしたルミ子は、自分のスマホの画面を印籠のように突き付けてくる。



「アクセルは、女子中高生に大人気の五人組の男性アイドルグループ!」


画面には、キラキラした衣装の同年代くらいの男の子が並んでいた。


「うーん。初心者の私には、見分けがつかないかも……」

「初心者って、本気で言ってるの⁉︎ドラマや映画、バラエティーにCMに引っ張りだこでテレビで見ない日はないくらいでしょうが!」



そう言われても、うちテレビないからな……。

お父さんが事業に失敗して家が差し押さえられた時に、一緒に持って行かれてしまった。



それに、芸能関係のニュースを見ると、むかしのことを思い出す。

いわゆる、"トラウマ”ってやつなんだけど……。

わっ!思い出したら、ゾゾッと鳥肌が立ってきた!



とにかく私は、街に出ても芸能人が映る看板は見上げないようにしている。

CDショップの前は、もちろん早足で通り過ぎるし。

そんな私が、流行りのアイドルなんて知ってるはずがない。



「そのアクセルが、"あの”彗星学園でライブをするのよ?行くっきゃないでしょ!」

「彗星学園って……たしか、芸能科が有名な学校だっけ?すごいね。人気のアイドルなのに、チケットが手に入ったんだ」


すなおに関心していると、


「ぐはっ!」


ルミ子は致命傷を負ったみたいに、地面に片ひざをつく。


「手に入らなかったわ……。販売開始一秒で、即完売よ!ファンクラブ会員なのに!」


ルミ子は涙を流しながら、悔しそうに地面をたたく。


かと思えば、すぐに立ち直って、



「でも会場の近くまで行けば、メンバーを見られるかも!ひなこも一緒に行きましょ!」

「えっ……。私は、アイドルとか興味ないから……」



なんて、本当は意識しまくりだ。

ジャンルは違えど、芸能界のことですし……。




「またそんなこと言って。天才子役"星宮きらら”の名が泣いてるわよ?」

「わっ!その話はやめてよ!」



私はあわてて、ルミ子の口を塞ぐ。

実は私は、子役の“星宮きらら”として一度だけドラマに出演したことがある。

ちなみに“きらら”は芸名で、当時流行っていた魔法少女もののアニメの主人公の名前。



あれは、ママと一緒にパパにお弁当を届けに行った時のこと。

ドラマのプロデューサーさんに、急きよ代役をやってくれって頼まれたの。

そのことを知っているのは、家族とルミ子だけ。


ルミ子に話すつもりはなかったんだけど……。

ルミ子が家に遊びに来た時に、うっかり私の子どもの頃の写真を見られてしまったんだ。



「“彗星のごとく現れ、嵐のように去って行った天才子役!その名演技は、今もなお業界人の間で語り継がれている"って、この前、テレビで紹介されてたわよ?」

「げっ。知らなかった……」

「きらら時代のひなこ、ほんっとかわいかったわ〜!目が大きくて、まつ毛が長くて、マシュマロほっぺで!その輝きは何カラット⁉︎って感じだったもの。七歳にして、お人形さんみたいに完成された顔してるって、番組の出演者も絶賛してたし」



うわっ、このパターンはあれだ。

夢見る乙女みたいに手を組むルミ子に、私は身がまえる。



「それに比べて、今のひなこときたら!顔バレ防止か知らないけど、こんなダッサイびん底メガネと三つ編みおさげやめなさいよ!」

「ぎゃっ⁉︎私のメガネ!」



やっぱり、ダメ出しの前ふりだった。

って、メガネを取られるのは困るよ!返して!



「それに、そのジャージ!もっとオシャレしたら、絶対かわいいのに。ほんっと、宝の持ち腐れ!」

「ジャージは動きやすいからで……。分かったから、返してってば!」



そのメガネは、もはや私の身体の一部なの!

女優時代のママの変装道具の一つでもあるし。

そのメガネをかけていると、ママに守ってもらえるような気がする。





「まあ、あんたの外見のことは、あとでたっぷり話すとして。とりあえず、アクセルのライブに行くわよ!」

「わっ、離してよ。行かないってば!」

「いいから、行ーくーの!」



私と一緒にライブに行きたいルミ子と、絶対に行きたくない私。

つな引き状態になっていると、



「ルミ子さん。おれ、腹減ったから帰りたいんだけど」


見かねたアオが、助け船を出してくれる。



「あら、そうなの?なら、仕方ないわね」

「ぎゃっ⁉︎」



ルミ子が急に手を離すものだから、私は反動で地面に尻もちをつく。



「やだ、だいじょうぶ?アオくんにご飯を作る大切な手はケガしてない?」

「あの、私の心配は……?」



ルミ子ってほんと、うちの弟の顔が好きだよね……。



「それじゃあ、あたしはアクセルのメンバーに会ってくるから!持ってて、タイガ様!」


そう言ってルミ子は、一度も振り返ることなくその場をあとにした。

嵐みたいな子だ……。

さわがしいルミ子がいなくなると、とたんに辺りは静まり返った。



「ルミ子さんに着いて行かなくていいの?」

「え?うん。お昼ごはん作らなきゃだし。おなか減ってるんでしょ?」

「べつに。あれは、口実だよ。姉ちゃんが行きたいなら、行ってくれば?」



……人気アイドルのライブ。

気にならないと言えば、うそになるけど、



「チケットないし、いいよ。洗濯物取り込んで、夕飯のハンバーグの仕込みもしなきゃだし」



地味で平凡な私には、キラキラした芸能界なんて縁がない。

ただ平穏に、日々の暮らしを送ることができたらそれでいい。

春風が髪をゆらして、思わず鼻歌を歌いたくなるくらいのいい天気だ。

見上げれば、桜の木がつぼみを付けている。



「……姉ちゃんは」



何か言いたげな顔のアオが口を開きかけた時、



「うわーん!」


どこからか、子どもが泣く声がした。

顔を見合わせた私たちは、その声に引き寄せられるように公園をのぞく。



「いだい〜!にいちゃんが、押したぁ!」

「ちょっと、ケン!小学生にもなって、なに弟泣かせてんの?謝りなよ!」

「はあ?ちょっと小突いただけだろ。お前いつも、大げさなんだよ!」


すべり台の前には、小学校低学年くらいの男女二人と、さらに年下の男の子が一人いた。

泣いている男の子を見ると、今よりずっと幼かった頃のアオのことを思い出す。


ケンと呼ばれた男の子は、女の子に責められてバツが悪そうだ。

軽くあたりを見渡してみるけど、親御さんは近くにいないみたい。


「うわぁああん!おにいぢゃんなんか、ぎらいだもんー!」

「わっ、泣かないでってば。ほら、カメレオンレンジャーの人形だよ」

「いらないもんー!」


一向に泣き止まない男の子に、女の子は困り果てたように視線をさまよわせる。

そして、公園の入り口からその様子を見ていた私と、パチリと目が合った。

うっ、もしかして、助けを求められてる……?



「姉ちゃん、あの子泣いてるよ」

「分かってるけど……。私が、極度のきんちょうしいだって知ってるでしょ?」


初対面の子に声をかけるなんて、絶対に無理だ。

仮に声をかけられたとしても、不審者みたいに挙動不審になってしまう。


「お願い!アオが行って」

「ムリ。おれ、子ども苦手だし」

「アオだって、子どもでしょうが」


私たちがこそこを話している間にも、女の子はチラチラとこちらを見ている。

たすけてって視線をひしひしと感じて、ああ、無視できない……。

私はなやみになやんだすえに、入り口近くのベンチに荷物を置く。





「おっ、姉ちゃん行くの?」

「泣いてる子どもは、ほうっておけないでしょ……」


とか言って、ノープランなんだけどね。

心臓がドクドクと脈打っている。

一歩足を踏み出すと、きんちょうで頭が真っ白になる。


「や、やっぱり知らない子供に話しかけるなんて……」


おくびょうで、きんちょうしいな私には、無理だ。

そう思ってアオをふりかえった時、


「やっぱり、“姉ちゃん”にはむずかしいみたいだね」


アオは、そうつぶやいたかと思えば、


「エチュード。"カメレオンレッド”」



パンッ!と手をたたいた。



その瞬間、パッと目の前の景色の見え方が変わる。

私の胸の不安はすっと消え去り、代わりに強い“使命感”で満ちていた。


『泣くな、少年!』


さっそうと駆け出した私は、子どもたちの前でおなじみのポーズを決める。


『悪しきを打ち砕き、幸せ色に染め変える。カメレオンレッド見参!』


とつぜん叫んだ私に、子どもたちはポカンと口を開けてあっけにとられていた。

さっきまで泣いていた男の子の手には、カメレオンレッドの人形がにぎられている。


『その人形、さては、君はわたしのファンだな?』

「わたしって……。もしかしておねえちゃん、カメレオンレッドなの……?」


男の子はまだ信じていないのか、けげんな顔だ。


私はメガネをずらすと、


「わたしに変身能力があるのは、知っているだろう?今は、極秘任務の最中でね。わけあって、少女のすがたに変身しているんだ」


パチンと、カメレオンレッドが得意なウインクをする。

そのしぐさで、ようやくピンときたのか、



「すっげえー!大変だよ、にいちゃん!カメレオンレッドだって!」

「いや、そんなわけねえだろ……」


お兄ちゃんのケンくんは、すっかり信じた様子の弟にあきれ気味だ。

私はケンくんに向き直ると、


『心に隙を見せれば、ダークサイドに付け込まれてしまう!』

「は、はあ?ダークサイドって、悪の組織の名前だろ?現実にいねえから、関係ねーし」


にらみつけてくるケンくんに、私はにっこりほほ笑んで、


「弟には優しく、兄弟なかよくね」

「えっ?は、はい……」


ポーッと顔を赤くしたケンくんは、すなおに返事をしてくれる。


「カメレオンレッドも一緒に遊ぼうよ!」

「あっ、ダメでしょ。あんた、これから歯医者なんだから」

「やだやだ、カメレオンレッドと遊びたい!」


だだをこねる弟くんに、私は真剣な顔で言う。


『これはトップシークレットなんだが、実はこの街にきけんがせまっているんだ』

「そうなの……?」

『あぁ。だが、わたしが来たからには、心配ない!君は、家に帰ってお母さんたちを守ってくれ。お願いできるね?』

「わかった!ありがとう、カメレオンレッド!」


さっきまで泣いていた弟くんは、すっかり元気になって、やる気満々だ。


『さらばだ、少年少女よ!』


笑顔で手をふっていると、


「ありがとね、カメレオンレッドの“おねえさん”」


私に助けを求めてきた女の子が、こっそり耳打ちしてくる。

その言葉で、ハッと我に返った。





ま、またやっちゃったぁああ〜⁉︎


恥ずかしさで、顔から火が出そう!


引きつった笑顔で子どもたちを見送った私は、がっくりとひざをついてうなだれる。


「いたいけな子どもを、だましちゃった……」


あんなの、詐欺だよ……。

とんでもないうそつき女だよ……。


カメレオンレンジャーっていうのは、日曜日の朝八時から放送してる特撮ヒーローもの。

アオの友達のリオくんが大好きで、姉の私もふくめて動画片手に力説されたことがある。


「まあ、役者の仕事って、観客に設定を信じ込ませることだから」


アオは私が暴走している間、ベンチで優雅に休けいしていた。

姉の私が、順調に黒歴史を増やしていたというのに!


「見てないで止めてよ!私は役者じゃないし、二度と演技をする気なんてなかったの!」

「家では、かくれてやってるじゃん」

「知ってたの⁉︎」


だれも見てないと思ってたのに!

図書館の本を片手に、自分ならどう演じるかなって楽しんでたの見られてたんだ⁉︎


「最悪だよ……。あながあったら、入りたい……。むしろ私をうめて……」


真っ赤になった顔をおおって、どうにか時間を巻き戻せないか考えていると、



「すっごーい!」


どこからか、パチパチとはくしゅが聞こえてきた。

見れば、私のすぐそばに同い年くらいの男の子がしゃがんでいた。


「えっ、だれ⁉︎いつからそこに⁉︎」


キャップの上にパーカーのフードを目深に被ったその子は、マンガみたいに目が大きい。

おまけに女の子顔負けのかわいさで、その笑顔は太陽みたいにまぶしい。


「姉ちゃんのエチュードがはじまってから、最初から最後まで、ずっといたよ」


親切に教えてくれるアオだけど、その情報は聞きたくなかった。

顔を真っ青にする私とはうらはらに、


「おれ、感動しちゃった!」

「えっ?」


小柄なその子は、宝石みたいにきらきらした目で私の手をにぎる。

男の子に手を握られることなんてないから、ドギマギしてしまう。

それにこの子、いちいちきょりが近い!

美少女フェイスでぐいぐいせまられると、心臓がむだにドキドキしてしまう。


「きみ、名前は⁉︎ おれは、桜坂(さくらざか) (ひかる)。よろしくね!」

「え、っと……。ごめんなさい、もう行かないと!」


この子には、私が子どもの前で戦隊ヒーローごっこをしているのを見られてしまった。

名前を知られたら、不審者として指名手配されてしまうかもしれない!




「行こう、アオ!」

「え?でも……」

「いいから、行くの!」


じゃないと私が、恥ずか死ぬ!


その子を気にしている様子のアオの手を引いて、私は公園を出ようとする。

もちろん買い物バックも、忘れずに。


私は急いで退散しようとしたんだけど、




バタンッ!



えっ、なに?今の不吉な音は……?

おそるおそる振り返ると、


「お、おなか減って……動けない……」


い、行き倒れだー⁉︎