心の中で盛大な溜息をついたクインは、
(使用人をソファに座らせて働く主人がどこにいるのだ)
と、いつものことに呆れつつ、機嫌よさげにコーヒー豆を挽くセドリックを見た。

 昨日、内々に発表されたはずの褒賞内容は、瞬く間に街を駆け巡った。
 しかし、今ならまだ正式発表前。つまり内容を取り消し、もしくは変更してしまえば、「あれはただの噂だった」ことにできるのだ。
 英雄と、その辺の雑草より価値がない第七王女の結婚なんて、誰も幸せにならないから。

(お父様もお父様だ。末娘の嫁ぎ先がないと悩んだのかもしれない。けれど、よりにもよって英雄に押し付けるとか、本当に何を考えている。団長も断りなさいよ。失恋のショックで頷いたのかもしれないけど、正気に戻ったら後悔するでしょうに)

 つい憐みの目でセドリックを見てしまったが、その視線に気づいた彼ににっこり笑い返されてしまう。条件反射で赤面しそうになるが、意志の力を総動員してクインは、表面だけでも平静を保った。
 赤面したところで表向きは英雄に憧れる少年にしか見えないだろうが、中身は二十一歳の成人女性なのだ。魅力的な笑顔は心臓に悪すぎる!

(も~~~っ。子どもみたいに笑うの、可愛すぎるからやめて。その笑顔を見せるべき相手はわたしじゃないんだから)

 以前、副団長がぽろっと口を滑らせた情報によると、浮いた話のないセドリックには実は何年も前から想う人がいるらしい。
 おそらくそれは第七王女の侍女をしているキャスリン――つまり、クインこと第七王女ライラの唯一の侍女であることはバレバレなのだが、残念ながらキャスリンはこの度めでたく、団員の一人であるバーナビーとの結婚が決まってしまった。

(団長も、あんなにマメにキャスリンに会いに行ってたのにねぇ。さすがに幸せそうな二人に割って入ることもできないでしょうし)

 バーナビー同様、彼もドラゴン討伐から帰ってきたらキャスリンに求婚を、なんて考えていたのだろう。実際に求婚できたかどうかは分からないけれど、結果としてセドリックは失恋した上に、褒美という名で第七王女を押し付けられたわけである。
 自分のこととはいえ、申し訳なさでのたうち回りそうだ。
 だから明日、父である国王への面談を申し込んであった。

(絶対に撤回させますからね!)