翌日から、私の「社会人モード」が発動した。有給をもぎ取り、高瀬くんを連れて野球用品店へ向かう。
「すげえ! こっちにもマックあるんだ」
街を歩きながら、楽しそうに辺りをキョロキョロする高瀬くん。
彼の練習のために、グラブとバットと野球ボールを購入した。
三点で十万円近く吹っ飛んだけれど、彼の笑顔に比べたら安いものだ。
「リボ払いで」
「大丈夫、金とか」
「なんくるないさあ」
「何で沖縄弁」
陽気な彼が目を無くすほど細めて笑うから、私服や日用品が必要なことをうっかり忘れてしまった。
一駅先の小さなバッティングセンターへ。
カキーン! と快音が響く。これが、『闘魂』一のホームラン王のバッティング。
「高瀬くんのフォームが生で拝めるなんて……完璧すぎる……!」
「当たり前だろ、俺なんだから」
呆れつつも、嬉しそうにお釣りをおいて帰路へと向かう高瀬くん。
そのとき、指先が触れ合ってどきりとした。
翌日からは、仕事へ復帰。
遅刻ギリギリで会社に滑り込むと、ランチ相手の吉方祐介(よしかたゆうすけ)に声をかけられた。
「いつも弁当のお前から誘ってくるなんて珍しいな。で、何があった?」
祐介は大学時代からの友人で、二つ年上の先輩だ。
180cmの長身。舞台俳優のようなハッキリとした顔立ち。営業部のエースだ。
本当は祐介に高瀬くんのことを相談しようと思っていた。
が、祐介の顔を見ると言えなくなる。
(ついに頭がおかしくなったかと思われるのではないかな……)
結局、言えたことといえば、職場のキラキラ女子である井上さんから「フツーってつまらなくないですか?」と言われたことくらいで。
「普通のどこが悪いの!」
「推しのグッズに囲まれて死ぬのって孤独死なのかなぁ、なんて言ってた人間が普通なわけないだろ。お前、昔はそんなんじゃなかったのにな。やりたいことのためならなんでも頑張れる! ってタイプだっただろ」
「……そんなこともあったっけ」
「あったよ」
「だとしたら、昔のことだよ」
私は苦い思いで、一息をついた。
祐介が仕事に戻ったあと、私は一人、会社のカフェスペースで過去に思いを馳せる。
私は新卒の頃、ゲーム業界の、開発部に勤めていた。
高校生の頃から、自分はゲームのシナリオライターになるんだと信じて突き進んできた、憧れていた世界。
しかし、そこで待っていたのは、過酷な労働と上司からの激しいパワハラだった。
「なんでこんなことが出来ないんだおめェは!」
「すみません! すみません!」
上司の仕事を押し付けられ、週七日で朝から朝まで仕事していた。
感情を無くし、直談判した頃にはパワハラは悪化。
「お前ここ辞めて他で働けると思ってんのか? どこ行っても通用しねえよ、お前みたいなとろくせえヤツ」
それは、私を洗脳するのに十分な言葉だった。
体を壊して家で療養することになり、「出社したら怒られるだろうなぁ、もう生きていたくないなあ」と思っていたとき。
適当につけたチャンネルで一挙放送されていたのが、アニメ『闘魂』だった。
そこに映っていたのは、まだ二年生の頃の高瀬くん。
地方大会の準決勝で、逆転ホームランを放ち、人差し指をまっすぐ掲げてベースを駆け回るシーン。
だが、次の話で、高瀬くんが足を怪我していた事が発覚する。
靭帯を損傷し、走ることなど不可能なはずなのに。
彼はいつも笑顔で、チームメイトに誰一人として気付かせず、「俺が一番! お前らは最高!」と笑っていた。
(どうしてここまで頑張れるんだろう……)
気づいたら、私はカップラーメンをすすりながら泣いていた。鎖骨に水がたまるほどに。
どん底にいた私を救ったのは、画面に映った、たった一人の男の子だった。
自分の夢を追い続けるより、この人の夢を応援したい。
それが、私が高瀬くんを神様と拝んでいた理由。
あんな思いをするくらいなら、今の「普通」のOL生活で十分だ、そう思っていた。
「すげえ! こっちにもマックあるんだ」
街を歩きながら、楽しそうに辺りをキョロキョロする高瀬くん。
彼の練習のために、グラブとバットと野球ボールを購入した。
三点で十万円近く吹っ飛んだけれど、彼の笑顔に比べたら安いものだ。
「リボ払いで」
「大丈夫、金とか」
「なんくるないさあ」
「何で沖縄弁」
陽気な彼が目を無くすほど細めて笑うから、私服や日用品が必要なことをうっかり忘れてしまった。
一駅先の小さなバッティングセンターへ。
カキーン! と快音が響く。これが、『闘魂』一のホームラン王のバッティング。
「高瀬くんのフォームが生で拝めるなんて……完璧すぎる……!」
「当たり前だろ、俺なんだから」
呆れつつも、嬉しそうにお釣りをおいて帰路へと向かう高瀬くん。
そのとき、指先が触れ合ってどきりとした。
翌日からは、仕事へ復帰。
遅刻ギリギリで会社に滑り込むと、ランチ相手の吉方祐介(よしかたゆうすけ)に声をかけられた。
「いつも弁当のお前から誘ってくるなんて珍しいな。で、何があった?」
祐介は大学時代からの友人で、二つ年上の先輩だ。
180cmの長身。舞台俳優のようなハッキリとした顔立ち。営業部のエースだ。
本当は祐介に高瀬くんのことを相談しようと思っていた。
が、祐介の顔を見ると言えなくなる。
(ついに頭がおかしくなったかと思われるのではないかな……)
結局、言えたことといえば、職場のキラキラ女子である井上さんから「フツーってつまらなくないですか?」と言われたことくらいで。
「普通のどこが悪いの!」
「推しのグッズに囲まれて死ぬのって孤独死なのかなぁ、なんて言ってた人間が普通なわけないだろ。お前、昔はそんなんじゃなかったのにな。やりたいことのためならなんでも頑張れる! ってタイプだっただろ」
「……そんなこともあったっけ」
「あったよ」
「だとしたら、昔のことだよ」
私は苦い思いで、一息をついた。
祐介が仕事に戻ったあと、私は一人、会社のカフェスペースで過去に思いを馳せる。
私は新卒の頃、ゲーム業界の、開発部に勤めていた。
高校生の頃から、自分はゲームのシナリオライターになるんだと信じて突き進んできた、憧れていた世界。
しかし、そこで待っていたのは、過酷な労働と上司からの激しいパワハラだった。
「なんでこんなことが出来ないんだおめェは!」
「すみません! すみません!」
上司の仕事を押し付けられ、週七日で朝から朝まで仕事していた。
感情を無くし、直談判した頃にはパワハラは悪化。
「お前ここ辞めて他で働けると思ってんのか? どこ行っても通用しねえよ、お前みたいなとろくせえヤツ」
それは、私を洗脳するのに十分な言葉だった。
体を壊して家で療養することになり、「出社したら怒られるだろうなぁ、もう生きていたくないなあ」と思っていたとき。
適当につけたチャンネルで一挙放送されていたのが、アニメ『闘魂』だった。
そこに映っていたのは、まだ二年生の頃の高瀬くん。
地方大会の準決勝で、逆転ホームランを放ち、人差し指をまっすぐ掲げてベースを駆け回るシーン。
だが、次の話で、高瀬くんが足を怪我していた事が発覚する。
靭帯を損傷し、走ることなど不可能なはずなのに。
彼はいつも笑顔で、チームメイトに誰一人として気付かせず、「俺が一番! お前らは最高!」と笑っていた。
(どうしてここまで頑張れるんだろう……)
気づいたら、私はカップラーメンをすすりながら泣いていた。鎖骨に水がたまるほどに。
どん底にいた私を救ったのは、画面に映った、たった一人の男の子だった。
自分の夢を追い続けるより、この人の夢を応援したい。
それが、私が高瀬くんを神様と拝んでいた理由。
あんな思いをするくらいなら、今の「普通」のOL生活で十分だ、そう思っていた。
