推しが壁から出てきたので共に暮らします!

高瀬くんが二次元の世界に帰ってから、二年が経った。

今の私は、新卒の頃の経験を活かして、小さな恋愛ゲームの製作会社に勤めている。
ベンチャー企業だから定時には滅多に帰れないし、毎日忙しいけれど、あの頃とは比べ物にならないくらい充実した日々だ。

幸い、今の会社にはパワハラ上司はいない。嫌なことは「嫌です」って、素直に言えるようにもなった。
もちろん、私のネガティブな性格がすぐに治るわけもなくて、隣の席の山田さんとはちょっと上手くやれていないのだけれど。

「山田さん、おはようございます!」
「……」

挨拶しても、冷たくスルーされることが多い。
前の私ならそれだけで一日中落ち込んでいたはずだけど、今の私は一味違う。

(高瀬くんなら、『あの人はシャイなだけ!』って笑って、根気よく挨拶を続けるんだろうな)

そう思ったら、愛おしさが込み上げて、口元からふふっと自然な笑みが漏れた。
あの愛しい三ヶ月のおかげで、高瀬くんの前向きなマインドが、いつでも私の中に降りてくる。
辛かったことや理不尽なことも、今では全部メモに書き留めて、『いつか自分がストーリーを担当したときに使ってやるんだから!』って、クリエイターとしての武器に変えている。

今の私の夢は、自分の手で最高に切ない恋愛シミュレーションゲームを作り、プレイヤーを大号泣させること。
……もちろん、高瀬くんを登場させる予定は、絶対にないけれど。

仕事を辞めるときに連絡先を交換した後輩とお茶をしたとき、
「松崎さん、本当に明るくなりましたよね! なんというか、強くなった感じ!」
って語尾にハートマークをつけて褒められたときは、なんだかくすぐったくて、すごく嬉しかった。

そして、高瀬くんがいる画面の向こうの世界では――。
青葉高校が、無事に甲子園への切符を勝ち取っていた。

今はまさに、全国高校野球選手権大会の決勝戦の真っ最中。
一年生のとき、高瀬くんにホームランを打たれて以来、血を吐くような努力を重ねて全国屈指の怪物ピッチャーになった宿敵・千道颯(せんどうはやて)との、三年間をかけた大決戦だ。
毎月、ハラハラしながら本誌のページをめくっている。

ちなみに、あの日、部屋中に溢れていた高瀬くんのグッズは、一度すべてダンボールにしまった。
嫌いになったわけでも、恋が終わったわけでもない。
これは、私が私の夢を叶えるための、自立の決意。いつか自分の手で大きな仕事を成し遂げたときに、また笑顔で開封しようと心に決めている。

だけど、一つだけ。
壁に飾ってある、あの二十センチの複製原画だけは、今でもそのまま残させてもらっている。

(必ず優勝してね、高瀬くん。私も、ここで私の日本一を目指すから)

私は、あの日彼とお揃いで買ったピンク色のお花のミサンガをつけた左手を、そっと複製原画の彼に押し当てた。
遠い次元の彼方にいる、私の最愛の神様へ、届くようにと祈りを込めて。