推しが壁から出てきたので共に暮らします!

だからこそ仕事に打ち込んだ。高瀬くんが残していった『夢乃の夢』はまだなにか分からなかったけれど、高瀬くんのことを考えなくて済むように、ただひたすらに仕事をこなした。

 そうしているうちに、上司から総務部に異動しないかと打診があった。
 
「松崎さんすごいじゃないですか! 総務部って秘書課とかあるところですよ。お給料アップですね」
 
 後輩は夢乃の手を掴んで喜んでくれたけれど、私は時間をくださいと頭を下げた。


それから数日間、私は自分の「夢」について、たくさん、たくさん考えた。
自分の本当の気持ちと、こんなに真っ直ぐ向き合ったのは、いつ以来だろう。

『夢乃は、好きなこともいっぱいあるよ。今まで触れてこなかっただけ』
『だから色んなことをして、生きろよ』
『夢乃の夢が、叶いますように』

そう言って優しく笑った、高瀬くんの姿。
彼の言葉を何度も心の中で反芻しながら、私は心の整理をするために、自分の部屋を片付けていた。

そのとき、クローゼットの奥から、一冊の古いノートが出てきて手が止まる。
埃を払って開いた瞬間、私は目を見開いた。

(これ……高校のとき、ゲーム研究部の友達に見せるために書いた、ゲームのシナリオ案だ……)

「面白い! 夢乃、シナリオライター向いてるよ!」って友達に褒められて、すごく嬉しかったっけ。
私が一度はゲーム会社を目指した、すべてのきっかけが詰まった宝物。

懐かしいなぁ、と愛おしい思い出に浸りながら、パラパラとページをめくっていく。
当時は寝る間も惜しんで懸命に綴っていた。

(「夢乃の夢」、かあ……)

高瀬くんが言っていた言葉が、ストンと胸に落ちていく。
そのときだった。
ノートの最後のページに、見慣れない殴り書きがあるのに気づいた。
丸っこい、男の子らしい文字。……私の字じゃない。

(嘘……これ、高瀬くんの字!?)

がばっとノートにすがりつくようにして、その文字を見つめる。
心臓が激しく波打った。彼が確かにここにいたという、もう一つの痕跡。
それだけで、全身に鳥肌が立って、涙がボロボロと溢れそうになる。

『すげえ面白そうじゃん。これやってみたいから、作るときは俺も出してよ 高瀬』

「……バカ。著作権の関係で出せないよ……っ」

声が震えた。
もちろん、著作権がなかったとしても、彼がゲームの中で他の女の子に甘いセリフを囁くなんて、想像するだけで嫉妬で泣きたくなるから絶対に出せない。

だけど。
もう二度と触れることも、声を聴くこともできない彼が残してくれた、たった一言のメッセージ。
それが、私の人生を、もう一度変える決定打になった。

「――ありがたいお話ですが、異動はお断りします。今まで、本当にお世話になりました」
「松崎くんにとって悪い話ではないと思うんだが……何か心境の変化でもあったのかね?」

不思議そうに首を傾げる課長に対して、私は、あのお馴染みのポーズを真似るように。
最高の神様と同じように、目を存分に細めて、にっこりと笑ってみせた。

「はい。ちょっと、自分の夢でも見てみようかと思いまして」