推しが壁から出てきたので共に暮らします!

「最初で最後のデートに行こう」
そう二人で話し合って決めた行き先は、夢の国――ディズニーランド。

休日で大混雑のパークだったけれど、スマホの画面を見つめてなんとかチケットを勝ち取った。
「何から乗る?」なんて、改札をくぐった瞬間から二人でワクワクが止まらない。

「まずはカチューシャだろ!」

そう言って、ワールドバザールのショップに私を引っ張っていく高瀬くん。
真剣な目で棚を物色したかと思えば、「これ可愛くね?」と、紫の大きなリボンがついたデイジーのカチューシャを私の頭にぽんと乗せた。

「ええ……二十五歳にはちょっと派手じゃないかな」
「んーん。似合ってて、すげえ可愛い」

高瀬くんが綺麗な口元を上げて、眩しそうに微笑む。
帰る日付が決まってから、彼は私に対してずるいくらい甘々になった気がする。
頬がカッと熱くなって俯きそうになるのを、一秒でも長く彼を目に焼き付けたくて、ぐっと耐えた。

「じゃあ、俺はこれな」

高瀬くんが楽しそうに頭に乗せたのは、ドナルドのカチューシャ。
紫のデイジーと、青のドナルド。つまるところ、お揃いのカップルカチューシャだ。

「ちょっと、分かっててやってる……!?」
私が赤くなって彼の肩をぽかぽか叩くと、高瀬くんは悪戯っぽく目を細めた。

「うん。分かっててやってる。今日は神様が俺たちにくれた時間なんだから。楽しまなきゃ損だろ?」

そう言って、高瀬くんは照れる私の手を、ごく自然にぎゅっと握りしめて歩き出した。
男の子の、骨張った大きくて熱い手。心臓の音が、パークの賑やかなBGMをかき消すくらいに跳ね上がる。

「アトラクション並ぶ?」
「んー、キャラクターグリーティングがしたいかも……っ」

せっかくドナルドとデイジーをつけているんだもん。二人がいる場所へ向かって列に並んだ。
それにしても、高瀬くんのビジュアルは夢の国でも完全に浮いていた。
すれ違う女の子たちが、みんな「ヤバい、超イケメン……」と振り返っていく。当の本人は、ドナルドに会えるのが楽しみな進撃の男子高校生モード全開で、全く気づいていないみたいだけど。

いよいよ私たちの番になって、コミュ力の高い高瀬くんはドナルドとガシッと熱い握手を交わした。
それを見たデイジーが、お揃いのカチューシャをつけた私たちを見て、パタパタと手を叩いて喜んでくれる。
そして、高瀬くんの手を私の背中に回させて、二人でハートマークを作るようにジェスチャーした。

(えっ、恋人同士だと思われてる……っ!?)

パニックになる私をよそに、高瀬くんは「お、こうか?」なんて笑いながら、私の肩をぐっと自分の方へ引き寄せた。
トントン、とカメラのシャッターが切られる。
私の背中に触れる彼の腕が、すぐ隣にある彼の胸板が、信じられないくらい熱くて耳まで溶けてしまいそうだった。

「はあ、デイジーちゃん可愛かったぁ……癒やされる」
「ドナルドもファンサすごかったな。……あ、これ」

ベンチに座って、撮ってもらったチェキを覗き込む高瀬くんが、ふと視線を落とした。

「この写真も、俺が帰ったら消えちゃうのかな……」

胸の奥に冷たい刃が刺さったみたいに、息が詰まる。
タイムスリップものみたいに、彼が元の世界に帰ったら、この三ヶ月の証拠は全部消えてしまうのかもしれない。
私の存在ごと、なかったことになってしまうのかも。

(そんなの、寂しすぎるよ……)

すっかり意気消沈してしまった私を見て、高瀬くんが「夢乃、こっち向いて」と声をかけた。
顔を上げた瞬間、口元に何か甘いものがぐいっと押し込まれる。

「はひこへ!?(なにこれ!?)」
「定番のチュロス。俺も食べたいから、早くかじって」

見れば、高瀬くんがニヤニヤしながらスマホのカメラをこちらに向けていた。

「動画撮ってるでしょ! もう、悪戯ばっかり!」
「夢乃が暗い顔してたから。ほら、約束」

高瀬くんは動画を止めると、私がかじったチュロスをそのまま自分の口で一口パクリとかじった。
心臓が止まるかと思った。それ、間接キス……っ!
けれど、彼は至って大真面目な顔で、私の目をまっすぐに見つめてきた。

「暗い気持ちになったら、美味いもん食うこと。先のことは分かんねえよ。だから、悲しくなったら美味いもん食え。俺が安心して帰れるように」

そう言って、左手の小指を差し出してくる。
鼻の奥がツンとして、涙が溢れそうになるのを必死でこらえながら、小指を絡ませた。
高瀬くんは満足そうに微笑むと、今度は指ではなく、私の手全体を包み込むように強く強く握りしめた。

「よし、行こうぜ。夢乃」

夏の日差しに照らされた彼の笑顔は、世界中のどんなエンターテイナーよりも眩しくて。
初めて彼に呼ばれた私の名前は、まるで、神様がこの日のために用意してくれた特別なプレゼントのようだった。