翌朝。洗面所で歯磨きを終えた高瀬くんが、鏡を見たまま「なに?」と私に問いかける。
リビングのソファに腰掛けた私は、震える手を膝の上で握りしめて、言った。
「……帰る方法が、分かったかもしれない」
高瀬くんの手がピタリと止まる。
バッと勢いよく振り返った彼の顔は、驚きと、信じられないほどの緊張に満ちていた。
「そっちの世界と、こっちの世界の月の満ち欠けがリンクしているんだと思う。両方の月が満月になったとき、願いを込めれば、あの壁が光るはず」
「満月……」
「あの日、私の世界も満月だったの。昨日、月を見て思い出したんだけど……すぐ言えなくて、ごめんね」
高瀬くんは、しばらく何も言わずに立ち尽くしていた。
感情の読めない、静かな声で「そっか」と呟く。
私が急いでスマホをタップし、『次の満月 周期』と検索すると、画面の最上部に非情な数字が表示された。
「……今日。今夜が、満月みたい」
あまりにも突然やってきた、本当のタイムリミット。
部屋の中に、重苦しい沈黙が流れる。
地方予選まであと一ヶ月あるけれど、向こうの満月の周期が確実とは言えない以上、今夜試すほかないのは、二人とも分かっていた。
高瀬くんは少しだけ俯いたあと、ふっといつものように口角を上げて笑ってみせた。
「夢乃。今夜は、二人で朝まで起きてようぜ。最後くらい、楽しく過ごしたいじゃん」
その笑顔が、少しだけ無理をして作られたものだって、私にはすぐに分かった。
胸の奥がちぎれそうなくらい痛い。
だけど、泣いたら彼の決意を鈍らせてしまうから、私は涙をぐっとこらえて、精一杯の笑顔で頷いた。
「うん……! そうだね、分かった!」
泣いても笑っても、今日が最後の二十四時間。
私たちの、本当のカウントダウンが始まってしまった。
